少女が作った手作りの案山子を壊さないで訴えるような瞳と見て見ぬふりの父を見た瞬間、少年たちの加虐性がむき出しになり、スイッチが入ったように暴れ、パトカーのサイレンがなると、一目散に走り出します。有り余るエネルギーと、それらを持て余していることからくる苛立ち、他者への攻撃性、小さなコミュニティーの中の上下関係・・・そして、中学生の少年がいじめをエスカレートさせ殺害してしまう事から映画は始まった。

 

 

一度は犯行を認めたものの息子の無罪を主張する母親の説得により否認に転じ、結果「不処分」となるが・・・少年と家族は正しく罰せられなかったことで皮肉にもさらに苦しい試練が次から次へと降りかかる。

 

この映画はフィクションではあるが、特定の少年犯罪にヒントを得て単純にエンターメント作品に仕上げたのではないことは、エンドロールでズラリと並ぶ参考文献の多さ見なくても伝わってくるくらい深く子どもの世界と向き合った作品だというのが一番の感想だ。

 

 

映画を観始めたときは“山形マット死事件” “川崎市中1男子生徒殺害事件” “神戸連続児童殺傷事件”などが頭に浮かび、「許された少年」の行為に対する「何故?」が頭に浮かんだが、物語が進むにつれて息子の罪を認めようとしない母親、ネットで誹謗中傷する匿名の人たち、そして、「裁かれないとおかしい」と少年を追い詰める同級生などなどあらゆる登場人物が加害者のように感じてくる。

 

そして、見終わった後の”モヤモヤ感”(これは良い意味で言っています)

 

少年犯罪は単純に「○○に責任がある」という論理では片づけられない。

 

許された少年以外の「許された友達」の苦悩については映画では全く語られていないが、見ている側の頭の中には別の苦しみを抱えて生きていくだろう「許されたこども”たち”」の存在は見えている。

 

そして、その”たち”になってしまう可能性は全ての人にあるのだと感じてしまうくらい観る者の倫理観や価値観を揺さぶられる良い映画でした。

 

 

 

 


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