110日、俳優の松山ケンイチさんと女優の小雪さん夫妻が第2子を韓国で出産したことが話題になっているようだ。

 

韓国にある産後調理院(サヌチョリウォン)という施設で産褥ケアを受けるためだという。

 

覚えている方もいるかもしれないが、2011年5月にブログで紹介した「産後調理院」のことである。

 

東アジアの一部では産褥期の女性の回復を重視して、特別な食餌や休養を積極的に行うのが慣習となっている。

 

日本でも昔は実家のおばあちゃんが産褥婦の世話をするものだったが、韓国でも核家族化が進んだ現代では、こうしたサービスを提供する民間施設も多くできているそうだ。

 

韓国の「産後調理院」では産後2週間〜1カ月ほどこうした施設に滞在し、24時間体制で新生児のケアを任せながら、産後の肥立ちや母乳の出を考慮した食事のサービスを受けたり、じっくり体を休めたりするようになっているようだ。

 

子宮の回復によいと言われる「わかめスープ」を毎食食べることになるのはわりと有名な話。

 

また、中国でも、産後1カ月ほどの期間に産婦が養生することを「坐月子(ズオユエズ)」と呼んでいる。

 

この時期にはとにかく休養を優先し、授乳をするだけに徹するようだ。

 

とにかく休養し、漢方にのっとった薬膳料理を食べるのだという。

 

水仕事は厳禁で、体を冷やす食べ物も控えなくてはいけない。

 

こういったニュースは産後の女性の身体のケアや負担の軽減を目指しているのがメインのように報道されるが、それと同じように大切なのが精神的な安心感を出産直後から受けられることのように思える。

 

20年前、長男がが生まれたとき、1週間で自宅に子どもが来た時の「喜び」と「不安」は忘れられない。

 

前にも言ったが、出産直後の女性を周囲が手厚くサポートし労わるこのシステムは、参考にすべき点もあるのではないだろうか?

 

でも、社会保障としてではなくビジネスとしてしか成り立たないのかな?


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 世界中から300社 550ブランドのキッズアイテムが出展する日本最大の商談専門展「ベビー&キッズEXPO」が本日から東京ビックサイトで始まった。

欧米のインポートおもちゃ、知育玩具、ベビー服・子供服、マタニティグッズなどが東京ドーム4つ分のスペースに展示されている。

メーカーでも小売業者でもない僕が何故だか特別招待を受け行ってきました!!

開場と同時に会場に入るとそこは夢の世界。

普段取引のある玩具メーカーだけでなく、アジアやヨーロッパのまだ日本に進出していないメーカーの商品や製品に対するコンセプトなどを聞いて回る。

オーガニックでワンサイズで3歳まで大丈夫なおむつライナー。



微細遊びの玩具たち。



哺乳瓶や乳首も人間工学的にも少しずつだが変化している。



これは、是非購入したいと思った玩具。

保育園に搭乗できるか楽しみにしていてください。



積み木も綺麗でしょ。



時間を忘れ、あちこちのブースを転々としていると、どこかで見かけた顔が・・・

なんと、川和保育園の寺田園長。

やはり、この人の嗅覚やアンテナは僕と似ている。

しかし、保育園関係者がなんでここにいるのだろう?

まあ、お互い様だが・・・

アトリエカプラの冨安さんとも久々の再会。

また、保育園でワークショップやりましょうと約束。

2時間ちょっとの時間だったけど刺激的だった〜。




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先週ある保育園を見学させてもらった時の話。

 

朝の登園時間にロッカーの前で何やら不機嫌そうな顔をしている3歳児クラスの男の子が目に留まる。

 

声を掛けると「バックのチャックが開けられない」のだという。

 

「どれどれ、一緒にやろう」と声を掛け、どこに困難さがあるのか確認しようとすると「Aくんは不器用なんです。」と近くにいた保育士さんが僕に声を掛けてきた。

 

確かに保育園での“お支度”なんて、大人から見たら簡単なものばかり・・・でも不器用と言われている子どもはどこに課題があるのだろうか?

 

学生の頃、不器用を体験するために、ゴム手袋を付けた上に軍手をはめて子どもたちと同じことをするというロールプレイを行ったことがある。

 

ボタンをはめるとか、タオルについている紐をフックに掛けるとか、チャックを開けるとかを実際やってみると・・・

 

上手くいかないのだ、そしてイライラする。

 

お菓子の包装紙を開けられないとか、牛乳を上手く注げないとか、そういった子どもたちは、苦しんでいるのをまずは理解してあげなきゃいけない。

 

僕らは手指操作を行う時、手や指の関節の筋肉や腱が伸縮するわけだが、それは、筋肉や腱に埋め込まれたセンサーが絶えず情報収集し脳にデータを送り、そして、最適な指の動きを作り出すという仕組みになっている。

 

このことを「固有覚」って呼んでいる。

 

そして、この「固有覚」の働きが鈍い子どもは不器用と言われてしまうのだが、実は手が不器用なのではなく、「脳と神経」が不器用なのだ。

 

こんな時、大人が行うことは「繰り返し覚えさせればできる」に走りがち。

でも、これもいやだよね。出来ないことやらされて、また、そう簡単に改善されないしね。

 

では、どうするの??

 

指の動きの本体と言うのは、手首・腕・肩・胴体・そしてそれを支える足や腰なのだ。

 

だから、逆にカラダ全体を動かす遊びを一杯することをお勧めしたい。

 

次第に末端の手や指の細かい動きも出来るようになってくる。

 

それまでは「やってごらん」じゃなく「一緒にやってみよう」が大切だと思うのである。

 


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乳児クラスを担当する 保育士さんにとって「噛みつき」や「ひっかき」の問題は頭の痛い悩み。

「噛みつき」や「ひっかき」が保護者にとっても、職員にとっても大きな関心をもたれるのは歯形や傷跡といった「証拠」が残るからなのかもしれない。

だから、証拠の残らない「つきとばし」などが保育の研究会などで話題にならないのもおかしなものだ。

「噛みつき」という行為は、自分の思いを言語化できないから起こる事象であるという大前提をもとに、「噛みつき」を考えてみたい。

まず、僕は「噛みつき」の多い子どもは実は情緒豊かで、自分の思いを表す力を持ち、さらに主体性のある子どもに多いと思っています(これは経験上の勘です)

同時に愛着のある「もの」や「空間」もはっきりとしているので、それが満たされない時に”ガブッ”としてしまうわけです。

でも、そんな情緒豊かな気持ちの部分を上手に受け止めてかかわっていくと、2歳児クラスになる頃には重要なムードメーカーになっていたり他者の痛みのわかる子どもになっていることが多いから不思議である。

だから、「噛みつき」をした子に 噛んだ行為がいけないと叱ったり、隔離したりはもっての外、「自分のきもちは出してはいけないんだ」なんて思わせては、友達とかかわる機会や情緒が豊かという長所の芽を摘んでしまうことになってしまう。

だから、「噛みつき」という結果をやめさせるために抑圧するといった「噛みつき0作戦」なんてことを考えずに「噛みつきは優しさを育てるチャンス」という視点を保育士も保護者も共有できたら良いなと思うのである。


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そこは海辺の閑静な住宅街にひっそりと佇む 映画館「シネマアミーゴ」



以前NHKのドキュメンタリーで大反響があった木更津社会館保育園での実践を映画化した「里山っ子たち」が現在、上映されている。



手つかずな自然の中で豊かに遊ぶ子どもたちの姿が描かれている。

ヌルヌルしたカエルの卵に触れ、「生命の感触」を共有できるなんて言うことは、図鑑やテレビでは味わえない貴重なものだ。

でも、この映画を見て、この「子どもたちは幸福だ」では不十分。

僕らは、昔は良かったと過去を美化したり、現在を嘆くことより、どうすれば、「良い」と思われるものを現在の社会に取り戻したり、再構築できるかなのだ。

それを考えるための映画と思った方が良い。

子どものためだけにとどまった考えじゃもったいない。

ここに登場する大人たちも実に活き活きしているのだ。

今一度、自然を活用した保育を考えなければならないのだ。



関係ありませんが、シネマアミーゴは食事もできるお洒落な空間ですよ。





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昨日は療育センターの巡回訪問の日。


定期的に療育の専門家に保育園での子どもの様子を見てもらうことは重要だ。

ここ数年、発達障害の理解や発達障害の発生のプロセスについて様々な分野から研究がすすめられていて興味深い発表も多い。

日本赤ちゃん学会の小西行郎さんや 精神科医の神田橋條治さんの本を最近は好んで読んでいる。


また、脳科学者の間で特に注目を集めているのが「実行機能」障害説。


実行機能は、「始動」「集中」「努力」「感情」「記憶」「行動」の各機能で構成され、人が目標を立てて、物事を計画し、それに向かって動機を維持し、遂行する能力。


これらを司っている前頭葉のどこかの部位がダメージを受けていることで発達障害の現れ方が違ってくるという考え方である。


小西さんはこんな例を出しています。


ひとは、誰かに声をかけて、相手が振り向かないときには不自然な印象を持ちます。それは、人々の間にコミュニケーションの前提として「人は呼んだら振り向くものだ」という共通認識があるからだといいます。


ですから、振り向かないと不愉快になるのです。発達障害の子どもが話を聞いていないように見えるのは、「聞く気持ちがない」からではなく、「さまざまな情報が同時に聞こえている」か「聞こえているけれども、私たちが聞いているのとは少し違った聞こえ方をしている」からかもしれないといいます。


また、塗り絵の枠をはみ出して塗ってしまい、上手にできないとかんしゃくを起こすもの、「根気がない」「わがまま」だからではなく、「視覚機能にわずかなズレがあって、私たちが見ている風景とは違った見え方をしている」か、「もともともっている運動パターンが少ないために、スムーズに手を動かせずにいる」のかもしれないというのです。


このように発達障害の子ども達の「見えている世界」「感じている世界」を知ることができれば、おのずと子ども達へのアプローチも変わってくるだろう。


僕が最近気に行っている神田橋條治さんの「発達障害者は発達する」という言葉。


発達障害は治るとか治らないとかの病気ではなく「発達障害者は発達する」という共通認識のもと皆で子どもたちを見守っていきたいと思うのである。

 


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 人間だけが言葉を話すことが出来るのは、別に人間の知能が高いからというわけではない(と思っている)。

人間だけが、言葉を発する「喉の構造」を獲得したという考え方をしてみると乳児期の発達は実に面白くなる。

皆さん知っての通り、声を発するということは肺の空気を「鼻」ではなく「口」に吐き出すということだ。

だから、それが出来る哺乳動物は声を出すことが出来るわけだ。



たとえば、犬など吠えることが出来る哺乳動物は、吠えるときだけ気管から「空気」を鼻ではなく、口の方へ向かわせて声を出している。

「喉の交差点」をつなげ、気管から口(食べ物のルート)へ一時的にイレギュラーな動きをするわけだ。

でも、同じような哺乳動物でも豚や馬は「鼻」からしか音を出せない。

ぶーぶーとかヒヒーンとか・・・決まった音だけしか出せないのはそのためだ。



「鳴き声」といっても口と鼻とでは大違いなのだ。

では、赤ちゃんは??

赤ちゃんは泣くときには、全身に力を込めて犬などと同じように気管を強引に喉につなげて鳴き声を上げている。

大人は普通に声を出しているが、赤ちゃんにとっては大変な作業なのである。

その赤ちゃんの口の構造が、おっぱいの口から食べる口に変わってくると気管と食堂が自然に交差ししゃべる準備が出来てくるわけだ。

言葉が出るのが遅い子どもがいるが、それは、知能の問題だけでなく、のどの構造の発達も関係しているのだと思う(これは、僕が勝手に言っているだけ・・・)

でも、こういった視点を持って子どもを見ていくと子どもの育ちのを進めるうえでのヒントがまだまだありそうだと睨んでいる。

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昨日は池袋で行われた研修に参加。

小児科医でお茶の水女子大大学院教授の榊原洋一先生、食育の吉田隆子先生、日本体育大学正木健雄名誉教授の講義 1時間40分×3

最近はインプットするよりもアウトプットすることが多く、知識や情報が枯渇気味だったので、なかなか面白い一日だった。

榊原先生の講義の中で、有名なミッシェルの遅延報酬課題の話題が出てきた。

通称「マシュマロ実験」とよばれ、4歳児を対象にマシュマロを差し出し、研究者が15分後に戻ってくるまでそのマシュマロを食べずに我慢する事が出来たらもう一つもらえるといって、その間の子ども達の行動を観察した実験をいう。

子ども達は、目の前のマシュマロが見えないように手で目を隠して身体を別の方向にひねったりする子や、座っていた机を蹴ったり、マシュマロを手で何度もなでたりした子もいたという。

そして、ほとんどの子が誘惑に抵抗しようと一生懸命だったが、平均にして3分もたなかったらしい。

この実験で、最終的に約30%の子どもが、研究者が戻ってくるまでの15分間、後の報酬を待つことが出来たとの事。

この実験の面白いことはここから、追跡調査研究をしたのだ。

そして、辛抱強く待つ事の出来た子どもは、待てなかった子に比べ、学習成績が高く、それと逆に我慢できなかった子どもは、学校や家庭などで問題行動も多く、学習成績やテストの結果も悪く、ストレス状況などにおいてうまく対応ができず、ソーシャルスキルなども欠けているという報告になったのだ。

こういった、「望むものを習得する為、辛抱強く待つ能力」は、Deffered gratification(遅延満足)と呼ばれ、僕などはわかりやすく伝えるために「衝動のコントロール」とか「自制心」といったような言い方をしている。

そして、ミッシェル教授は「長年、学業の業績や将来の成功を予測する時の最も重要な要因は知能(IQ)だと思われてきたが、自制心のほうが重要だ」と唱えているだ。

いくらIQが高くても、自制心が欠けていたり、自分の生活や仕事に関してオーガナイズする力が欠けていたり、また感情コントロール出来なかったりすると、その高い知能を充分に活かしきれず、社会的成功につながることが困難ということですな。

さらに、この研究の最大のポイントは、この一見遺伝的(性格的)結果が、訓練や生活で向上が可能だということ。

保育園で「リズムや秩序やルールがある生活」を大切にしていく意義を再確認した話だった。


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 皮膚のことを勉強していると、日本人の昔ながらの子育てが如何に正しかったかが良くわかる。

犬や猫のような哺乳類が産後最初にすることは、生まれた赤ちゃんをなめてきれいにすること。

そのことで、呼吸が安定したり、内臓が動き出すことが最近の研究により判ってきたらしい。

皮膚に刺激を与えてマッサージしているようなものなのだと思う。

一方、人間の場合、赤ちゃんをなめはしないが、ママが赤ちゃんに触れたときにオキシトシンというホルモンが分泌される。

これが、リラックスしたり、成長を促したりするだけじゃなく、社会脳といわれる部分に作用するそうだ。

要するに人を信頼したり絆を深めるっていうことですね。

だから、乳児期にはスキンシップが大切だということ。

心理学に世界で生後一年は「基本的信頼感」をつくる時期なんて言われるけれど、まさしくそうだと思う。

たとえば何か不快な出来事があると泣いて訴えれば、それを取り除いてもらえるなんて感覚で「人への信頼」は作られていくわけだ。

日本の子育ては諸外国に比べ、肌の密着度が高いという伝統がある。

しかし、「抱き癖」がつくからなんていう理由で抱っこを躊躇するなんて話も聞く。

こんなの完全な間違い。

抱き癖がつくくらい抱っこしてあげればいい。(大変だけどね)

子どものころにたくさん抱っこされ、満たされた感情をもった子どもの方が自立が早いというデータだってちゃんとあるのだ。

逆に抱っこもされずに親に甘えることなく、心の空白部分を残して成長すると、その空白を埋めようという願望から自立が遅れてしまうというわけだ。

子どもが求めたら 5分でいいから「チョイ抱き」してあげましょう。

オキシトシンが分泌されるのは、子どもだけじゃないんですよ。

腕の中で安心しきった子どもの顔を見ると、大人の側にもオキシトシンが分泌され良いことが増えるんだから・・・

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「子どものあるがままを受け入れる」と言う言葉を伝えるのは難しい。

 

「そんな子どもの言うことばかり聞いていたら、子どもがわがままになってしまう」とか「やりたいことはやらせてちゃんと肯定しています」なんて返事が返ってきたら、まあ理解してもらえていないと判断した方が良いだろう。

当たり前の話だが、「肯定する」とか「受け入れる」というのは、好き勝手にさせろということではもちろんない。

自分のこととしてイメージしてみよう。


例えば、会社に入って、自分がその一員になったと感じるのは、色々なことをちゃんと教えてもらい、そして、小さくても責任のある仕事を任された時ではないだろうか?

 

しかし、結果が伴わず失敗したとき、努力は認められるが、間違ったところは指摘され、叱られる。

 

でも、その指摘が適切なら叱られても否定されたとは感じないと思う。

「叱ること=否定すること」ではないし、「褒めること=肯定すること」でもないのだ。

 

「叱る」という肯定の仕方も、「褒める」という否定の仕方もあるということだ。

人は、時には本気で叱ってもらったり、間違っていることは「間違っている」と言ってもらうことで「自分が大切にされている」ことを感じる能力を持っている。

 

それは「ちゃんと見ていてくれたんだ」「自分のことを考えていてくれたんだ」という安心感ともつながりのだから、それも「受け入れる」ということなのだ。

大切なのは、自分のために叱るのではなく、子どものために叱るということ。

 

以前、給食のとき食器を床に落とし割ってしまった子どもが「ゴメンナサイ」を言わないと困っている職員がいた。

 

この「ゴメンナサイ」は何故言わせたいのか??

 

大人に迷惑を掛けたことに対し、「ゴメンナサイ」なら言わせない方がいい。

 

それに僕なら「大丈夫? 怪我しなかった? どうして落としちゃった?」という会話が出来ればOKだと思っている。

 

それだけでも十分に、お皿を割ったバツの悪さや、落としてしまった原因を子どもなりに感じ、次の行動に活かすことはできるのだ。


具体的に「子どもを受け入れる」というのは難しいね。

 

でも、受け止めてもらったと感じられた子どもは強いですよ。

 

そのためにも頑張ろうね、オトナ!

 

 


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