今晩は遅くなりそうなので 朝の投稿である。

朝は夢のある話が良いよね。

米航空宇宙局(NASA)は先月29日、火星探査機「フェニックス」が火星上空での降雪を確認したと発表したニュースを見た人いるかな?

そして、火星にはかつて液状の水が存在していた可能性を示す炭酸塩を土壌から検出したことも明らかになったのだ。
NASAによると、フェニックス着陸地点の上空約4キロにある雲から降雪も確認され、雪は地表に到達する前に蒸発したともいう。

さらに、火星の北極近くの平原で、アメリカの無人探査機「フェニックス」が土を掘って、その性質を調べているそうなのだ。
正確な場所は、北緯約68度、東経約233度。その緯度は、地球上のアラスカ北部やスカンディナビア半島北部に相当するらしい。(ここがポイント)

昨年も火星に鉄分を含む赤い土の中に、氷の状態の水があるのを確認してちょっとだけ話題になった。

水があると生物存在への期待が高くなる。
海や川で遊んだ人なら感覚でわかるでしょ。
そして、今月末までフェニックスは土中の有機物などを探すのだ。

そして、馬鹿にされるかもしれないが、僕は、火星や木星に生命体がいる可能性が高いと思っている。

これは夢物語でもなんでもなく、科学的な根拠もあるんだよ。
(お勧め本としては 「生命の星・エウロパ」 NHKブックス 長沼剛なんていうのは読みやすいよ)



であるから毎日、火星からのニュースを心待ちにしているのだ。

でも、こういった話って出来ないんだよね。
日常の中では・・・残念だよね。

自分の行った事のない場所に生命が息づいているかも知れないって話だよ
めちゃくちゃ想像力がかきたてられませんか?

僕らは、どうしても宇宙の生命体=宇宙人となってしまうけれど、フェニックスの主任務は生命そのものの探索ではなく、前提となる水が火星にあるかどうかを確かめることにおかれているのだ。

運がよければ、微生物やその死骸(しがい)、分解物が見つかるかもしれないという楽しみが現実的なのだ。

僕が確か、小学6年生だったときに、米国の無人探査機「バイキング」の1号と2号が相次いで火星に着陸し、生命の有無を探っている。
今回は水に主眼が置かれているのに対し、32年も前に生命体の探査を実施しているのだ。

これは、火星研究が停滞しているのではなく、火星の北極地点(高緯度)着陸が技術的に困難だったため、30年以上の歳月がかかってしまったのだという。
プロジェクトXの企画にもなりそうな壮大な研究だったのだろう。

人間や地球の生命は、137億年前に生まれた宇宙に由来する。
その命の歴史の大切さを感じながら、火星の生命体の報告を待ちましょうよ。

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先日、ペガススの家では、30年にわたる活動の軌跡を聞かせてもらった。

僕も学童のキャンプや 生き生き村の活動、また、保育園のお泊り会などを通して、野外活動の大切さについて、いろいろ話していても、結果として、その活動が広がらないといったもどかしさがあるので、それは何故かを少し考えてみた。

結論から言うと「自然体験を通して子どもたちがどんな変化をするか?」を伝えられない自分がいるということなのだ。

野外活動や宿泊体験の場では、言葉ではうまく説明できない様な出来事が起こる。

例えば、子どもたちの中に、それまで一度も野菜を食べた事がないという子が、何故だかわからないけれども、いつの間にか食事の時に出された野菜サラダをモリモリ食べているとか、あるいは魚がさわれない、食べられないと言っていた子どもが、遊んでいて気がついたらそんな事をしていたとか、そういうことが当たり前のように起こるのである。

だが、そこでいったい“何が起こっているのだろうか?”という事を語れないといけない。



ペガススの家の活動を見ていて感じたことは、『行為の流れ』という事。

僕らは、日常生活の中ではややもすると、原因があってそれに対して結果がある、というふうに考えがちである。
そうすると目標があった場合、その目標を実現するためにどうしたらいいかという発想をしてしまうのが人間なのだ。

しかし、その考え方はややもすると、それに向かっていかない事は何か無駄な事とか、あるいは横道にそれた事という発想を生み出してしまっている気がしてくるのだ。

ペガススの家では細かいタイムスケジュールは全くない。

それに時計は持っていませんし、号令もありません。
だから何時にどうするか?という予定は誰もわからない。
わかっているのは、遊んだら、食べて、また、遊んで、風呂に入って、食べて寝るという順番だけ。

ところが、そのなかで自然にお腹が空けばちゃんとお昼ご飯を食べますし、暗くなれば寝ますし、片付けも手伝っているし、それに遅れる子はひとりもいないのだ。
これをして、これをして、という周りの気配を感じて、その中で動いていく。
みんな好き勝手な事をやっているはずなのに、そこにはひとつの大きなうねりがある、というふうなものが感じられる。

また、『試してみる』というか、自分の意思で行動する、自分の行動は自分で決めている、という実感・・・これは心理学用語を使うと『自己決定感』と言うのですが、これがペガススの家にはあるんだよね。

たとえば「コップがないよ」と言ったら「じゃあ、竹があるから作ろうか」といった感じのこと。

さらに「やった」と言う実感、これは『達成感』とでもいうのかな、やり遂げた喜びというものも、自然体験の中では非常に多く得られるよね。大工さんに教わった釘うちをずーーーーっとやっていた子どもがいたもんね。

「将来、大工になれば良いのに!」なんていわれて満更でもなさそうな表情だったけどね。

結局、こどもにとっての自然体験というものを考えたときに、私たちが日常生活の中で効率性を大切にして、何か目標があってそれに向かってどうしていったらいいか?という様な発想とは別のところで、そこのところに『環境』があって、その環境の中でいろいろと工夫をしながら、自分の持っているものをいっぱい使って関わっていくってことが大事なんだろうね。

そう考えてくると「何かを学ぶためにやる」という発想というものが、元々自然体験活動には馴染まないのかな?

もし「何かを学ぶためにやる」という事を大切にしていくのであるとすれば、それは『自然』というフィールドの中でやった何かの活動であったにしても、それは日常生活の中でやっている事とあまり違わないもんね。

それよりも、『自然』というとても魅力的な環境の中で彼らが自分のいろいろな関心や身体や感覚とか、いろいろなものを使って思いっきり関わり合う事によって、自然の中で遊ぶ事の本来の意味というものが保証されるのではないかな。

彼らは非常に学習能力が高いですから、何かをさせようと思えば何でもできてしまうだろう。

でも、それが本当に彼らの生活にとって意味がある事なのか?
意味がある様な支援の仕方ができているのか?という事を、僕らは考えないとね。

『自然の中で遊ぶために遊ぶ』

その思想を もっともっと普及していかないといけないね。

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次男の伊吹が秋休みを使ってペガススの家の自然村に参加。
今回は、月や木星を観察したり、大工さんの指導の下のこぎりや釘を使って遊んでいたようである。
そして、伊吹をお迎えついでに岩瀬君とペガススの家に遊びに行く。
もちろん お昼頃を目指して・・・

代表の大内田さんの奥さんはもちろんのこと、天体の専門家 遠藤さんも料理の達人であるし、何よりも今年完成したパン釜を使った料理が楽しみである。

標高400メートルの山北町は、横浜よりも少し肌寒い。
しかし、そんな環境ほど焚き火や 火を扱う労働は楽しくなる。

さてさて、料理が出来上がったようだ。
まずは、パン釜焼き芋・・・栗のように甘い。

そして、いよいよメインディッシュのマカロニグラタンの完成です。



焦げ目がなんともいえないでしょ。


家についてからは、岩瀬君が釣り上げたイナダ(3匹)とカワハギ(10匹以上)の調理開始。


40センチ級のイナダは、さすがに捌くのも一苦労だが、岩瀬君のマンツーマン指導で何とか刺身完成。


このほかにも カワハギときもの煮つけ。
カワハギの味噌汁
カワハギの肝和え(八朗作)

なんというグルメな休日。

そうそう。フジテレビの新体操見たかな?

女王 カナエワ


二位のアンナ・ベッソノワ

この二人はやはり別格だったね。
アタマからつま先、指先に至るまで自分をコントロールしている凄み。

せめて、僕も食べてばかりいないで、おなか周りに意識を集中し、美しく見せるようにしなければ・・・

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