うちの法人の5施設合同の地域向けのお祭り「くらき祭」を本日小雨の中決行する。
5年前からはじめたイベントであるが、これで3年連続の”雨”である。

このような天候のときに何よりも大切なのは、気持ちである。
職員が「苦」を感じながら業務を行うと 折角きてきてくれた皆さんが盛り上がれない。

うちの職員を見てみると・・・

うんうん、よろしい。笑顔だし、声も出ている。

今回の目玉は、テレビでも御馴染み、シャボン玉(杉山)兄弟である。

あいにくの天候のため室内でのショーとなったが、子どもたちはもちろん、大人も大喜びである。

その他にも、餅つき、様々なゲームコーナー、ケーキ、ポップコーン、焼き側などの食事。そして何よりも姉妹園の看板とも言える「和太鼓」等々、企画も目白押しである。


僕はといえば、基本的には、来て頂いた方々への挨拶が仕事。
でも今日は珍しく、新人の保育士二名と紙芝居を演じる。
様々なアトラクションの合間を縫ってゲリラ的に行う紙芝居だ。

子どもたちに読むのも面白かったが、わらべうたを敬老席で数名の高齢者に向けて行った時が一番充実感があった。
新人の二人にもよい勉強になったと思う。

全体の反省会が終わったのが6時過ぎ。その後、うちの職員だけ連れて反省会の二次会。
さらに、反省会の三次会。


そして、気が付けば午前様。
でも、僕はこの職員たちに支えられている。

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今日も園長会での研修、「改訂される保育所保育指針」に関してである。
白梅短大の学長の汐見先生の話は、今まで聞いていた行政説明とは違った視点から、かなり現場チックに話されていたこともあり興味深い内容だった。

そんな中、会場の中では、様々な園長先生たちの雑談が耳に入る。

「私は こどものありのままを受け止めることを大切にしていきたい・・」
思わず、聞き耳をたてる。
しかし、その後の話は空しいものだった。
結局、唯の自由放任なのだ。

でも、保護者にも「うちの保育園では、子どものありのままを受け止める保育をしています」って話しているんだろうね。

「言葉の意味を ホント わかってる?」って思ってしまう。

単なる言葉として使っているだけで、言葉の重みが全く感じられない。

言葉は不思議だ。

鎌倉の小高い丘の中腹に、染織家の清水繭子さんの工房がある。

今年、その清水さんが 横浜美術館のワークショップで、大岡川の桜でハンカチを染めるという企画があった。

企画をしたスタッフが「桜を使ってピンクに染めてもらえませんか?」と依頼したところ、清水さんは「大岡川の桜がどのようなものか、私にもまだわからないのですよ」と答えたという。

そして、「草木は人間と同じ生のあるもの。こちら側がどうこうできるということではなく、あちらがくださる色をそのまま受け入れることが自然だと思っています」

その桜の”持っている力(色)を良い状態で引き出すだけ“なんてかっこいい台詞である。

大岡川のソメイヨシノは寿命が短く、60年近くを経た桜は、確かに傷んでいるものが多いのだ。
大岡川の桜並木を歩いてみると、歩道と桜の植栽地は一緒になっていて、幅は狭く根元まで舗装されているため、根が盛り上がっているところがひび割れている状態なのだ。
桜にとっては、決して恵まれている環境とはいえない中でも懸命に生長してきた姿を想像すると考えさせられる。


話がずれてきたが、この清水さんの姿勢なんていうのが、“ありのままを受け入れる”じゃないかと思ったりするのだ。

主体はあくまでも、子ども。
その子どもの、ありのままを解っていきたいという姿勢がケア(養護)なんじゃないかな?



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まず、はじめに気仙沼にいる茉莉子先生のお母さん。
娘さんは元気に働いていますよ。



以前、村上健一さんの「福よし」で魚を食べたいというブログを書きましたが、その気仙沼に住んでいるんですよね。
それだけで、不思議な縁を感じてしまいますね〜。

さて、本題。

僕の興味は、時々わけの分からないところまで暴走することがある。

自然との共生とか、生物としての人間の本来の生き方とか、そんなことを考えていたら、ボリビアにあるカリャワヤ族にぶち当たったのだ。

「カリャワヤ」という言葉は「医師たちの国」あるいは「医術の聖地出身の薬草使いたち」を意味するらしく、祖先から受け継いだ伝統医術を施すことがカラワヤ族の主な生業になっているのだ。(これだけじゃ、わからないよね)

カリャワヤは呪術師にして医師であるといわれ、カリャワヤは全ての自然物(山や木や湖や動物たちなど)を、人間と同じように家族や住む家を持ち名前を持った生命体であると考えるため、人間が健康であるためには、山や木にも「食事を与える」必要があるという思想を持っているのだ。

怪我や病気(しばしば精神的な病気も含む)の治療がカリャワヤの最も大切な役割なのだ(医師だから)。
この治療のとき、彼らはいくつかの植物を薬草として用いるのだ(キャラワヤ族はおよそ980種の薬草を知っているらしい)

各地を歩いて、巡回する治療師たちは、複雑な伝承と修行の体系を中心とした医学的・薬学的な知識をつかって患者を治療するというのだ。

事実、治療師は極めて多様な生態系の中を旅することによって、薬草に関する多大な知識を広げてくらしい。

そして、カリャワヤの世界観はユネスコによって「人類の無形遺産の傑作」として宣言され、世界無形遺産の候補になっている。(知ってた?)

何世紀にも亘り、この特異な専門技能は父から息子へと語り継がれてきたが、最近になって、キャラワヤ族の伝統的生活様式は異文化により脅かされ、この希少な医学知識が消滅してしまう恐れが生じているというのだ。

さらに、医薬品特許を始めとする大手製薬会社の戦略がもたらす危険も加わっているから大変だ。

このキャラワヤ族の医学をどう思いますか?
前時代的で科学的でない野蛮な文化だと思いますか?

僕も数年前までは、こんな文化には興味も無かったし、馬鹿にしていたかもしれない。

でも、この話を聞いて、頭に浮かんだのが日本の助産師さんの存在。
昭和の途中までは、日本人は、自宅で出産していたんだよ。
産科医なんていなくても日本人の命はちゃんと続いていたんだよ。

産科医不足と 助産師の存在と キャラワヤ族の関係。

この続きは、明日にしようかな。

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