今日は法事で 神田のお墓に行って来た。
折角東京に来たのだから、帰りに何処かへ寄ってみようと
思いつきで「築地の魚市場へ」

・・・・ところが今日は日曜日。
ほとんどの店はシャッターがおり、活気も何もありゃしない。

さらに今日も暑さは変わらない。

となれば、昨日よりも涼しい話をしよう。
最近とても興味がある南極の話。

南極大陸は平均2000メートルという高さのある大陸なのだ。
ドームふじのあたりは 3000メートルを超えているらしい。
もちろん、これは山ではなく、氷が厚いのである。
すごいでしょ。

何万年も前から積もった雪や氷が掘削すれば出てくるということである。
過去にどんな気象環境だったかがわかるんだそうだ。

そんな3000メートル下には大陸があるのはイメージできるが
実は(当たり前かもしれないが)湖もあるのである。

世界最低気温を記録したボストーク基地の下には4000メートルの氷があり、その下には琵琶湖の23倍のボストーク湖というのがあるらしい。
そして、その湖は凍っていない液体の湖なのだ。

いったいその中にはどんな生物が どのように生きているのか???

もっと驚くことは、もうかなり前に あと水面(貫通)まで数メートルのところまできているというのだ。

しかし、そこまで来ているのに何年も待っている。

なぜか???

そう汚染のない貫通方法を考えているんんだそうだ。
へえ〜〜。じゃないですか。
また、湖の中に未知の病原菌がいて、帰路汚染も心配しているのだそうだ。

まだある。このボストーク湖の探査は、宇宙生命探索の前哨戦というのだ。
なんと木星の衛星の中には 同じような氷下海があるというのだから。
楽しみは尽きない。

僕の言葉などじゃ、きっと伝わりきれないだろうから、NHKでもなんでもいいから、この南極のドキュメント番組を作ってくれないかな。

それを観たとき、僕らは 涼しさを感じるのか。
それとも もっと熱くなってしまうのか。

こんな理由なら、僕は熱くなりたいのである!!







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暑い、暑すぎる。
明日は法事のため、休みでも海にも行けないし、水遊びも出来ない。

せめて水の話でもしようか?

昨日、うちの職員に話した不思議な話。

たいてい液体ってものは 高温になるほど軽くなり、低温になると重くなりついには凍って固体になって沈むのだ。

水は違う。氷(固体)になると液体に浮くのである。

この氷が水に浮くから、地球上の生命の血脈が途絶えずに済んだのではないかとも思ってしまう。

考えてみて、冬に池の氷が底のほうから凍ったら、生き物は上に追いやられる。しかし、表面は冷気なのだ。
生き物は生きていけなかったと思いませんか?

実際は外気がいくら寒くても池の氷が水の中を保護しているのだ。

地球は過去に3回(間違っていたらすみません)全休凍結をしたらしい。
しかし、地球上の生物は「氷が水に浮くお陰で生きてこられたのだ。

やはり、「母なる海」なんていいますが「水は生命をささえている」んですよね。

改めて感謝しましょう。

さて、最後にためになるお話。
歯を磨くために30秒水を出しっぱなしにする・・・6ℓ
シャワーを30秒間浴びる・・・・・・・・・・・・36ℓ
食器を洗うのに5分間水を出しっぱなし・・・・・・60ℓ
日本人の一日の平均水使用量・・・・・・・・・・322ℓ

人間が生きていくために必要な最低必要水量・・・・50ℓ

「これを知ったら 水の無駄遣いが出来なくなる」
ということにはなかなかならないんだよね。

でも、もっともっと水のことを知っていくことから始めたいな。

あー海に行きたい。

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あまり関係の深くない子どもと会話をするときに つい「いい子だね〜」なんて褒めてしまうことがあります。

大人たちは子どもを“いい子”にしたがりますが、“いい子”になりたい子なんていやしない。

もしも そういうことを言う子がいたとしたらそれはお母さんやお父さんが望んでいるからで、心優しい子どもはお母さんやお父さんが望んでいることを自分の目標にしてしまう子もいるだけのこと。

じゃあ、子どもは何を望んでいるのだろうか?

僕流に言うならば“自由になりたい”ということなんですよ。

寝たままだった赤ちゃんがハイハイするようになった時、自由になります。
“ハイハイ”しか出来なかった赤ちゃんが歩くことが出来るようになった時、自由になります。
お話が出来なかった子がお話が出来るようになった時、自由になります。
けん玉が出来なかった子がけん玉が出来るようになった時、自由になります。
1+1=2が分からなかった子がその意味が分かるようになった時、自由になります。
昨日、今日のことしか考えることが出来なかった子どもが、何億年も昔のことや未来のことを考えることが出来るようになった時、自由になります。

子どもたちが自由になるということは、出来ることが増えていくことなんですね。そして、“自由になりたい”というのは、人間としての本能なんです。

この本能があるから、人間は文化や文明を創り出してきたんだと思うんです。

言葉を得ることで自由を手に入れました。
道具を作ることで自由を手に入れました。
考える力を得ることで自由を手に入れました。
様々な機械を発明することで自由を手に入れました。
そうして、人類はここまでやってきたのです。人類は自由を求める生き物なんです。それは“可能性を手に入れるための自由”です。

そうやって考えると 子どもの成長は人類の歴史と同じですよね。
(論理が少し強引かな?)

ちなみに、お分かりだと思いますが、“自由な子どもを育てる”ということは“好き勝手に行動する子を育てる”ということではありませんからね。

子どもを自由にさせても“自由な子ども”には成長しません。
けん玉を一生懸命に練習する子は自由を得るために不自由を乗り越えるのです。この自分の意志で不自由を乗り越える体験が自由な子どもの成長には不可欠なんです。

現代の子どもたちの問題は、自由を与えられていても、自由に生きるための能力を育てることが出来ないまま大人になっていきます。

逆な言い方をすれば、キャンプなどの非日常生活を体験してくるだけで 子どもが変わった(もちろん良い方向に)なんて事例は、当たり前なんですよね。
不自由な体験が、自由を目指す子どもにとって「生きる力」の源になるわけです。

このような考え方の元で、NPO法人”生き生き村”の村長 門脇邦弘さんは、誰の援助も受けずに294回もの生き生き村キャンプを実践してきました。
このことについては いつか詳しく触れたいのですが、門脇村長のような素敵な 子ども観をもった人たちが生きている間に この実践を広めたり、引き継いだりしていきたいと思うのだ。

あっ そうそう今日ブログのランキングが一時 104位になったそうだ。
ブログを通しての啓発活動は、今後どういう展開を見せるのか・・・

乞うご期待。

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