昨日岩瀬君からもらった関谷醸造 ほうらいせん 「空」を飲みながらブログを書いている。

口当たりが良く、実にフルーティ。
女性や、お酒が苦手な人でも気に入ってくれそうな酒である。

関谷醸造は140年の歴史あるのだが、機械化・コンピューター化が進み、昔ながらの蔵の風情ないという。
機械が得意とする事(温度管理・物の搬送等)は機械に任せ、人間は人間がやるべき事に専念するというスタンスで酒造りをしているそうだ。
そして、「数値で造るな五感で造れ」 数値に振り回されることなく自分の五感(見る・聞く・嗅ぐ・味わう・触れる)にしっかりと尺度としてものを捕らえ、のちにデータは五感の裏づけとしてインプットするものだと捉え、酒造りをしているという。

感心しながら、一杯やっているわけだが、ふと頭によぎった事がある。

嫁さんの実家の島根県には、古式の石見神楽が伝わる島根県匹見町がある。

そこに、パズル作家(パズルの功績でロイド賞も貰っているのだ)の、芦ヶ原伸之さん(Nobさん)が匹見町を訪れたとき、ある古老が古い寺の床下から見つかった42年前の酒を飲ませてくれたそうだ。

その酒は本当にうまく、ボロボロのラベルには、「手古鶴」という木版刷りの文字が書かれてあったそうだ。

今は裏匹見峡という観光地になっている広見川の奥に、昔、ごくごく小規模の酒蔵があったという。

広見の清い水は現在でもわさび作りに利用されているが、その水を使い、米や酒を背負って運んだだめ、手間がかかったという意味で、「手古鶴」という名で売られたが、その生産量が極端に少なかったため「幻の銘酒」の名を欲しいままにしたものだったそうだ。

だが、現在では、大豪雪で、その酒蔵はなくなってしまったのだ。
そして、それが過疎化の始まりだったのだ。

芦ヶ原さんが匹見に手を貸している間に、なんとか手古鶴を復活させようと考えたが、いまや町には酒を飲める人はいても、つくれる人がいない。
しかたなく醸造はNOB冗造に頼み、純酔パズルとして世に送ることになったそうだ。

そして、
初級 冗造酒


中級 吟冗酒


上級 純迷酒


このように、違う形で銘酒を復活させ、後世に残そうとしいる。

芦ヶ原さん(Nobさん)は、東京工業大学出身で、高分子関係の技師や教員の経験もあり、世界のパズルを日本に紹介したり、自らの作品やその他の日本のパズルを日本国内外に多く発信し、また、パズルのコレクターとして世界的に知られているのだ。

こんな薀蓄を語りながら、酒が飲める幸せよ。

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12月6日に行われる保育園の三大行事のひとつ「造形祭」の中のプログラムで職員による“お勧め絵本の紹介”がある。

自意識過剰と思われるかもしれないのだが、「園長の薦める一冊」というものは意外とプレッシャーがかかるのだ。

行事当日は「こどものとも社」さんの協力もあって、推薦絵本の展示だけでなく、購入も可能になるため、事前の準備として、その絵本の在庫なども調べねばならない。

今年の園長のお勧めは「つみきのいえ」白泉社である。



全てが水没してしまった土地の上に暮らすおじいさん。
水かさが増してくると積み木のように家をどんどん高くしながら生活しています。
ある日、大事な大工道具を水の中に落としてしまいました。
それを拾いに行った時におじいさんが見たものは・・・
数々のアニメ映画賞を独占した、あの短編アニメの絵本化。
「今あることを大切に」そんな気持ちにさせてくれる一冊です。

な〜んて紹介文にしようかなと思っていたら、なんと品切れ再販の予定なし。
え〜!!と言うことで、

「くまとやまねこ」河出書房新社は、どうだろうと問い合わせ。



今度は「手には入るんですが、納期が・・・」
もうちょっとメジャーな絵本を推薦しろと言うことか!!

しかし、頭に浮かんだものを消し去るのはもったいない。
ここで紹介してしまおう。

個人的な趣味を押付けるのは主義ではないが、僕は酒井駒子の絵が大好きだ。
小鳥とのわかれを悲しむくまの気持ちは、大切なひとを失った僕らと一緒。
この絵本は「悲しく、痛く、そして、あたたかい」
あなたは涙なしに最後まで読みきれるか?
大事な人に贈りたい一冊です。
 
なんてね。

それで、結局どんな絵本を推薦したかって?

知りたい人は、12月6日(土) 9:30〜
くらき永田保育園まで!

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今年度から、保育園に入所したSくんのお母さんが本日、保育参加初体験。
保育の様子をただ見るだけの参観ではなく、保育に参加してもらう人気行事のひとつである。
S君のママは、子どもたちが集まったときの、読み聞かせを依頼され、数日間ドキドキしながら過ごしていたのだという。

まず、何の絵本を読んだらいいのだろう?
うまく読めるのかな? 上手に演技なんて出来ないし・・・
子どもたちは私が読むのを聞いていてくれるのかな?
途中、つまらなくなって騒ぎ出したらどうしよう。 
親が保育室に入ることで、子どもの日常の生活が崩れるのではないか?
きっと いろいろなことが頭をよぎった事だろう。

保育参加が終わり、事務所に現れたお母さんに「どうでした?」と尋ねると
少し高揚した声で「子どもたち集中して聞いてくれるんですね〜」とびっくりしている。
実際、このような反応を示す人がほとんどだ。
家で、親の言うことをなかなか聞いてくれなかったり、甘えたりしている子どもの姿を普段、見ていると20人以上の子どもたちが真剣に絵本の世界に集中する姿は、感動すら覚えるのだ。

「読み聞かせの快感 覚えたんじゃないですか?」と聞くと
笑いながら「はい。でも絵本選ぶの難しいですね〜」と言いながらも選んだ絵本は
「ぐるんぱのようちえん」
Sくんのママが幼い頃に読んでもらった想いでの本らしい。

僕は、その絵本を貸してもらい裏表紙をめくる。
そして、「良い絵本を選ぶときは、ここを見るのがいいですよ」と絵本の発行年月日のところを指差す。「30年以上読み継がれているものは失敗ないですよ。古い時代の本でも子どもにとっては初めて出会う本だから新刊と一緒ですよ。」
続けて、「絵本は抑揚をつけて読む必要なんて無いんですよ。演技過剰になると逆に子どもは絵本を観ずに読んでいる人の顔を見るようになっちゃいますからね・・・」

今までは、こういった内容の話しは、機会をみて個別に話したり、講演を聴きに来てくれる人だけに伝えるだけだったが、このブログというツールは便利である。

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携帯に転送のメールが入る。

なになに? ピアニカ王子こと 大友剛君が初めての絵本を出版し、その記念パーティを 「くんくんしーらや」でやっているので遊びに来ないかというお誘いである。

それは何を差し置いても行くでしょう。

会場は関係者のみの貸切となっている。
受付を通ろうとすると「お前は誰だ?」という視線。

しかし、丁度近くに大友さん。
「どうもどうも いっぱい集まってるね」と声をかけると、ようやく受付の人も「お名前は?」と聞いてくれる。

あらためて、周りを見渡すと いるわいるわ保育芸能人たちがうようよ。

記念パーティの実行委員は 湯浅トンボさん・島本一男さんと有名人が名を連ねている。
今回の「ことばのくにの マジックショー」は文章を中川ひろたかさん。
絵を 大庭明子さん そして、マジックを大友さんが担当する今までに無いコラボレーション絵本なのだ。
アリス出版社の営業の人も かなり多めに発行したと力を入れて宣伝していた。

そんな中、大友さんのあいさつは、緊張し、たどたどしいが嬉しさと感謝の気持ちがよく伝わるスピーチである。


中川さんとも「にじ」を特別に歌ってくれちゃうサービスつき。
一緒に写真も撮ってもらった。


ついでに 三人からサインをもらい。


ふと、近くを見ると、なんと「もったいない ばあさん」の作者 真珠まりこさんがいるではないか。
「保育園の納涼祭で踊ったんですよ」と声をかけ、パチリ。


なんというか オーラを感じさせない不思議な保育芸能人たち。


王子との雑談で「売れすぎて遠い存在にならないでよ」というと、いつもの誠実な口調で「そんなことには絶対なりませんよ」

信じるぞ。王子!
そして、来週も新宿で密会しよう。

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保育園を開設したときよりも更に、力を入れていきたいものとして「子どもの文化の啓発」がある。

何故、僕がこんなことに熱くなるのか自分自身不思議に感じていたのだが、友人のH君が、こんなことを言ってくれた。

「はっちゃんは、普遍的なもんが好きだからね・・・」

そんなことを言われた日、こんな言葉に出会う。

不思議なものだ。

ここから長くなるから、覚悟して付き合ってね。
出来れば、ゆっくり 噛み締めて読んでもらいたいからさ・・・

アメリカインディアンのシアトル酋長が部族会議で語った言葉。
(ただし、このメッセージが本当のものであるかどうかは諸説があるようだが。)
僕は、この言葉に心を動かされるのだ。
僕は、その事実を大切にしたいと思うのだ。

シアトル酋長のメッセージ
   ネットワーク「地球村」代表 高木善之訳

1854年のことである。
スカミッシュ族の酋長は、部族会議でこう語った・・・・・・

大統領から、我々の土地を買いたいとの申し入れがあった。
 ありがたいことだ。
 なぜなら大統領には我々の同意など本当は必要無いのだから。

しかし我々には分からない。
 土地や空気や水は誰の物でもないのに、どうして売り買いができるのだろう。
 土地は地球の一部であり、我々は地球の一部であり、地球は我々の一部なのだ。

この土地を流れる水は祖父の血であり、水のさざめきは祖父の声なのだ。
 川は兄弟であり、我々の渇きを癒し、カヌーを運び、食べ物を与えてくれる。

もしもこの土地を売ったとしても、
 水の語る一つ一つが我が民の物語であることを記憶に留めなければいけない。
 川は我々の兄弟であると共に、あなた方の兄弟なのだ。

白人の土地には静かな場所がない。
 若葉がそよぐ音も、虫の羽音も聞こえない。
 生き物の声が聞こえない人生など、生きる価値があるのだろうか。

我々にとって、空気はかけがえがない。
 なぜなら生き物、木々、人間、すべてが同じ空気を分かち合っているからだ。
 もしもこの土地があなたのものになったとしたら、このことを記憶に留めよ。

無数のバッファローが面白半分に殺された。
 全ての生き物を殺し去ったとき、人間が死ぬだろう。
他にふりかかったことは自分にも降りかかる。
 すべてはつながっているのだから。

すべての生命は一つの織物である。
 それを織ったのは人間ではない。
 人間も一本の織り糸に過ぎない。
 生命の織物に対してすることは、自分自身に対してすることなのだ。

大統領は我々に「居留地に行け」という。
 我々には、自分の残り少ない人生をどこで過ごそうがもはや問題ではない。
 子ども達は、父親が殺され、母親が辱められるのを見てきた。

まのなく、かつての栄光の者たちは地上から姿を消すことだろう。
 そしてその民の死を痛む者たちもいなくなるだろう。
 しかし、それを悲しむ必要があるだろうか。
 人は誰でも生まれては死ぬのだから。

白人さえ、この運命には逆らえぬ。
 白人と我々は兄弟なのかもしれない。
 白人にも分かるときが来るだろう。
 我らの神と白人の神が同一だということを。

土地の所有を望むように、白人は神さえも所有しているつもりかも知れないが、
 それは不可能なこと。
神はすべてのものの神。
 そのいつくしみはすべてに等しく注がれている。

大地を害すれば、必ずその者は滅びるだろう。
 なぜならそれは神を侮辱することに他ならない。
 大地を害すれば、白人もまた死に絶えるだろう。
 もしかすると、他のあらゆる部族よりも先に・・・・・

森はどこに行ってしまったのか? 消えてしまった。
 鷹はどこに行ってしまったのか? 消えてしまった。
生き物に別れを告げることは何を意味する?
 それは“真に生きる”ことの終わり、“死んでいない”ことの始まりなのだ。

この申し入れに同意するとしたら、
 それは最後のひと時を過ごす場所を手に入れるためなのだ。
この地上から我々が消えても、この大地はわが民の魂を抱いていてくれるだろう。
 なぜなら私たちが、この母なる大地を深く愛しているからだ。

この土地を売ったとしても、この土地を我々が愛したように愛してほしい。
 我々が手塩にかけたように愛して欲しい。
 この土地を手に入れたときそのままに、その土地の思い出を心に刻んでほしい。
力の限り、知恵の限り、情熱の限り、子ども達のためにこの土地を守ってほしい。
 神が我々を守るように・・・・・。

我々は知っている。
 我々の神はあなた方の神と同一である。
 白人といえども、この共通の運命から逃れることはできない。
 我々は兄弟なのかもしれない。
 いずれ分かるだろう。


これらの言葉の中には真理を感じませんか。
だから僕らのの心を打つのではないだろうか。

昔の人たちは「普遍的な美」や「普遍的な真理」を求めていたのだ(きっと)。
だから、様々な絵画や音楽、また他の芸術や学問の分野でもその「普遍的な価値観」が大切にされていたのだろう。

でも、現代人はその「普遍的なもの」への希求願望を失ってしまったのかもしれない。
「絶対的な価値」には価値がなくなり、「相対的な価値」の方が価値がある社会になってきましたのだ。
需要と供給で価値が決まる社会とは相対的な価値しか存在することが出来ない社会なのだ。

だから、音楽も絵画も文章もただの消耗品になってしまっている。
それと共に、人間の普遍性、絶対性も失われ、人間すらも消耗品になっちゃっている。

これは、やはりおかしいよ。

保育園発の文化の啓発は、僕の社会へのささやかな抵抗なのかもしれない。

* 運動会前に 長い文章に付き合ってくれてありがとうございました。

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行ってきました、酒井駒子展。

吉祥寺まで行くのを少々躊躇していたのだが、「このチャンスを逃してはいけない」と半ば衝動的に出発。

個展をひらいているのは「トムズボックス」というかわいい絵本専門店。



カレルチャペック紅茶店というお店の奥にあるため、通りの前からも見落としてしまいそう。
横浜にもこんな店があったら入り浸るのに・・・

そして、初めての生作品。
心に浮かんだ感情は「来てよかった〜」である。

小さな本屋の壁にかけられた、シンプルな額縁、その中のダンボールに描かれた絵の数々。
その空間に居たものだけが味わえる臨場感。

酒井さんの作品はここでも、横顔やうつむいている姿が多い。
しかし、首の傾げ方や、かすかに開いた唇、手や指の表情によって、繊細な感情が観るものに伝わってくるのだ。

悲しみ、さみしさ、孤独、喜び、いやいやそんな言葉では整理できない、細やかな感情を僕らに訴えかけてきてくれる。





展示してある作品は撮影禁止のため、お見せできないのが残念。

僕は、小鳥が描かれていた数点も良かったが「フォーク」という作品に目を奪われる。

フォークは、子どもにとっては”物を刺して食べる”道具であるが、この絵では、フォークを上掴みに握り、口元に運んでいる。
小さな事だが、握り方ひとつにも優しさが滲んでいるように感じられるのだ。
しかし、この作品だけでなく、すべてが売約済み。

とりあえずプレゼント用に 大好きな2作品の絵本を購入。





みんなも是非、読んでみて。

僕が熱くなるのわかるかな?

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どんな絵本が好きと問われると「うーん」と考えてしまうが、
どんな絵が好きと聞かれたら、迷わず「酒井駒子」と答えるだろう。

酒井さんは、1966年兵庫県生まれ。東京芸術大学美術学部油絵科卒業後、着物など、和物を中心としたテキスタイルデザイナーをしながら絵本を作り始め、講談社の絵本新人賞に応募し佳作に。
その後、一時保育の仕事に携わりながら1998年に『リコちゃんのおうち』でデビューした絵本作家、イラストレーターなのだ。



でも、「何が好き?」「どこが好き?」と聞かれると言葉が無い。
とにかく惹かれるのだ。やたらと目に付いてしまうのだ。

一枚の絵で、これだけ表現できるのかっていうくらいに想像力がかき立てられる。(怖いとか 暗いといった印象を持つ人もいるらしいが・・・)

最近は、絵本だけでなく、装丁の仕事も多いため、見かける機会も増えたのだが、他の絵本作家のように原画展などは少なく、実物はベールに隠れている印象がある画家である。



そんな酒井さんが、4年ぶりに連続で原画展を開くことになった。
初めての「生・酒井」 もう見るしかない。
絵は、その辺のダンボールに描かれたものもあるらしい。
酒井駒子のパッションに触れてみたい。もうそれだけである。

そして、語れる仲間を増やすしかないな。
更に、酒井駒子にもっと絵本を書いてもらわねば・・・
先ほども言ったのだが最近は、絵本以外の仕事が多すぎる。
そうでなくても、大人向けの絵本作品が多い人だから、そのうち他の業界に行ってしまうのではないかと勝手に心配しているのだ。

日時 / 2008年9月1日(月)〜30日(火) 木曜定休
    11:00〜20:00(最終日18時まで)
場所 / トムズボックス
   〒180-0004 東京都武蔵野市吉祥寺本町2-14-7

日時 / 2008年9月25日〜9月30日 10:00〜21:00
場所 / 紀伊國屋書店 新宿本店 4階
    〒163-8636 新宿区新宿3-17-7
    TEL / 03-3354-7401

後は、これらの作品をじっくり眺めてくださいな。




最後に、今月のちいさなかがくのとも 380円 「くさはら」を紹介
「くさはら」というとどんなイメージがうかびますか? 草花あそびに虫とり。ピクニックでおべんとうを食べたり、ねっころがったりするところ。でも「くさはら」は、いつもそんなふうにやさしく迎えてくれる場所ではありません。とても猛々しい顔も持っているのです。この絵本は、川原でちょうちょを追いかけているうちに背の高い草にかこまれてしまった女の子のおはなしです(出版社紹介文)



子どもの目線から見た描写が中心で、まるで自分も草原の中にいるような感覚。
僕などは、20世紀少年の秘密基地をイメージしちゃったよ。
子どもの頃に草原の中を冒険・・・というか、その手前の 歩き回ったりしていたことを思い出したりしちゃうよ。
短いし、特にドラマチックではないけれど、読み終わった後の後味が良いんだな、これが。

僕が大好きな酒井駒子の紹介でした。

あー 一枚でいいから 保育園にこんな絵を飾りたいな〜。

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僕は「プチヨーロッパかぶれ」といわれる。

確かにうちの保育園のスタイルはハンガリーやドイツの保育の考え方を
取り入れているので、見学者の人は
「コダーイですか?」とか、「モンテですか?」といった質問をする人もいる。
僕は「どの部分が そう見えました?」と質問を返すのだが・・・

文化も風土も違う海外の保育をそのまま日本に持ち込んでも意味はないし、
うまくいくはずもない。
でも、思想というか、子ども観とというか、考え方は学ぶべきことがまだまだあるようだ。

保育園にはヨーロッパ製の玩具がたくさんある。
日本の玩具との違いのひとつは、商品の表示である。



玩具の使用年齢の目安として
「3歳から」とか「3歳から小学生向き」なんて書いてありますよね。

それがヨーロッパでは「0〜99歳」「3〜88歳」だよ。



これは発想がまったく違うよね。
使用のシチュエーションは違うかも知れないけれど 子どもから高齢者も包括した思想。

子どもでも 高齢者でも 一人でも みんなとでも・・・
ユニバーサルデザインの中で ユニバーサルトイとでも言うのだろうか。

子どもは遊びによって、脳の神経をつなげていき。
高齢者は遊びによって、シナプスの減少を抑える。
科学的に言ってしまうとね。



でも、そんな難しいことじゃなく、文化としていろんな人たちが共有できるものを持っているって素晴らしくないですか?

今は、「ひとりひとりのニーズに合わせて」という批判しようのないフレーズのおかげで、”みんなで楽しめる”といった発想自体が少なくなっている気がするんだよね。

うちの保育園では、「子どもの文化を啓発するのも仕事」と口癖のように言っているけれど、「おもちゃ」も「絵本」もホント、こどもだけのものじゃないよ。

心の隅にちょっとでも「おもちゃや絵本」を馬鹿にしている気持ちがあったら、一度それを取り除いてもらいたいよ。

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今日は こどものとも社主催の 絵本の研修会
こどものともを創刊した重鎮 松居直さんや 現場保育者からの絵本ナビゲーターとして第一人者の 中村柾子さんが講師として名前を連ねる豪華な研修会。

しかし、その二人の話は何度か聞いており、本日の僕の興味は
『田島 征三』なのだ。

僕は、世間の生活からちょっとはずれ自然のなかで暮らしているような人に憧れているのか、その臭いを感じる絵本作家が好きである。
同じ四国出身の 梅田俊作さんにも 同様の臭いを感じるのだ。

講演(本人はトークと言っていたが)中でも話していたが
「五味太郎は読者と対話しているが 田島征三は対話していない」
この表現は当たっているような気がした。
僕流にいうならば「五味さんは絵本をつくり 田島さんはアートしている」と言ったところか・・・

今日のトークでも芸術家の繊細さと 作品に対する愛着が感じられ、予想通りの楽しい内容だったな。
また、田島さんは結構エッセイのような文章を書くんだよね。
画家の人間性や生活感を意図的に発信して その上で作品を見てもらおうとしている気がするんだよな。

以前、ゴッホの自画像を見る人は、「あ〜耳をきった後に描いた作品ね」と思って鑑賞するわけでしょ。
な〜んて言っていたのも田島さんじゃなかったかな(違っていたらすみません)

だから 僕なんかは田島さんの作品は田島さんのヒストリーや暮らしとセットで読みたいなと思うのだ。

残念だったのは、いろいろ作品紹介してくれたのに「とべ、バッタ」偕生社だけには触れてくれなかったな〜。
小学生のときの「ちからたろう」は別として、僕にとって田島征三は やはり「とべ、バッタ」なんですよね。

しょうがない。僕が代わりに紹介しよう。



小さな茂みの中に住んでいるバッタは、いつもほかの虫や動物たちが自分のことを狙っているので、びくびくしながら暮らしているのだ。
でも、ある時、びくびく暮らしているのがイヤになり、大きな石の上でひなたぼっこをはじめた。
そんなことをすれば、敵に見つかってしまうことは、バッタもわかっているのに・・・

案の定、バッタは蛇に見つかってしまう。
そして、蛇がバッタに襲いかかろうとしたその時、かまきりも襲いかかってくるのだ。
絶対絶命の大ピンチ!

バッタは、持っている力全てを出し切って飛びあがる。
どんどん飛んで、雲の上まで飛んだバッタは、もうそれ以上上ることができず、下へ下へと落ちていってしまう。


その時、バッタは、自分の背中に4枚の羽があることに気がついたのだ。
ゆらゆら、はらはらバッタは、確かに飛んでいく。
決して、上手ではないんだけどね・・・。
ちょうやトンボは、バッタのことを馬鹿にするけれど、バッタは自分の力で飛べたことがとっても嬉しかったので、ちっとも気にしない。

どうですか?
大人が読んでもメッセージが びんびん伝わって来そうでしょ。

この絵本は、子どもだけでなく、大人にも勇気をくれる絵本だよね。
失敗を恐れて、何かにチャレンジすることをためらっているようなとき、
なにか嫌なことがあったとき読んであげたくなるよね。
小さなバッタが、僕たちに魔法をかけてくれるような傑作だよ。


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保育園に来ている学生は 今日で実習終了。
昨日までの実習の様子などの報告を職員から受けていると その会話の中に
数週間前に保育体験で来ていた高校生の男の子を絶賛するコメント聞かれた。

確かに、彼は総合高校の二年生であるが すでに進路を「保育士」ときめ、そのために高校時代に様々な施設を体験し、それを将来に生かしたいのだと言っていた。

僕が数日前に紹介した「赤い風船」の映画を勧めたときも「是非、観てみます。フランスの状況もわかりますかね?」と 優等生の発言。
こんなこと言われたら 忙しくても 彼に語ってあげたくなるのが性ってもの。
目標を持った若者は、おっさんにも気付きとエネルギーを与えてくれる。

考えてみれば、僕も大学時代の第二外国語は フランス語だった。
何故 選考したのかといえば中国語やドイツ語より”きれいなマドモアゼル”に会えるかも という不純な動機。

結局1年間習って 覚えた言葉は
「ごまたれぶー」・・・ゴマのドレッシングではありません
「ケツ くせー」・・・間違っても お尻が臭いわけではありません
僕はきっと おっさんやおばさんたちにエネルギーを与える存在ではなかったのだろう。

あの高校生は「赤い風船」を観たのかな?

さすがに東京まで観に行く機会のない人たちに絵本版「赤い風船」は如何でしょう。

あの いわさきちひろさんが 映画を観て絵本化を推し進めた作品なのだ。

以前 うちの子ども達に読んであげたことがあるのだが、みんな どのように反応してよいのかわからないでいる。
作品自体が勧善懲悪という内容でもなく 子どもの視点で起こっている事実だけを追っている。喩えは悪いかもしれないが”星の王子様ちっく”なのだ。

だまされたと思って本屋で手に取ってくださいな。


今日の文章もそうだ。起承転結も何もなく。
僕の頭に浮かんだことを書くだけ。

でも、読む人にとって何か引っかかるものがあるかもしれないのだ。

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