ある取材で、「最近の親の子育ての不安」という質問をうけた。

 

まあ、なんとも答えにくい質問である。

 

僕が、まず頭に浮かんだのは、10数年前の『酒鬼薔薇事件』として有名な神戸連続児童殺傷事件のこと。

 

事件の詳細が判った後、親世代の人たちは、我が子が「被害者になるかも知れない不安」ではなく、「加害者になるかも知れない不安」を感じたそうだ。

特別な人が犯罪を犯すのではない時代の到来への不安だ。


もしかしたら、親というものは無意識的にその犯罪の理由を知っているのかも知れない。

最近の若者による理解不能な事件を見ても、その犯人の子ども時代は、凶暴でもなく、バカでもなく、貧しい家庭に育ったのでもなく、問題児でもなく、普通で、大人しく、むしろ成績優秀な子どもが多いように感じる。

つまり、普通の子どもが大人になり、社会の中に出た時、そこに居場所がないことを感じ、突然「理解不能な事件」を起こすということだ。

 

その子ども(青年)たちは、事件を起こして早く社会からドロップアウトしたいだけなので、「相手は誰でも構わない」という言葉を残して・・・事件を起こす。

キーワードは「居場所」


子ども時代は、素直に大人の言うことさえ聞いていれば、衣食住を与えて貰える。

 

しかし、大人になり社会に出ると、自分の居場所は自分で作るしかなくなる。

これは、当たり前。

 

大人の社会では、自分で居場所を作ろうとしない限り、住むところも、仕事も、食べ物も得ることは出来ない。

でも、親が与えてくれるものだけで生活し、親の指示命令だけで行動し、ゲームやおもちゃやビデオといった暇つぶし的な遊びだけで育ってきた若者には、自分の力で「居場所」を作る能力など育つわけがない。

そのため、「居場所」を求めてあちらこちらと放浪することになるわけだ。

 

でも、どこでも保護と居場所を与えてくれるのは最初だけ、そんな「特別扱い」は、すぐに終わってしまう。

 

やはり人は、「能動的に生きる力」が絶対に必要なのだ。


でも、今、大人達は子どもたに その「能動的に生きる力」をどのようにつけたらよいのかわからなっている気がする。

 

「最近の親の子育ての不安」という質問だったが、このことについて、もっと真剣に悩み、具体的に行動していってもらいたいという僕の希望のような答えになっちゃったね。


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玄関に靴がやたらと並んでいる。

片付けをせずに散らかしているわけではない。

子どもたちの友達が遊びに来ているのだ。

リビングには次男の友達がゾロゾロ。隣の部屋には、長男の友達がゾロゾロ。 

いったいここは何処なんだ??と言いたくなる様な風景。

しかし、この男の子連中は、素直で礼儀正しい子が多いのだが、妻にとっては不可解に思える行動も多いのだという。

思春期というやつか??

思春期の一番大きな特徴は、子どもが反抗的になること。

それまでも子どもはなかなか親の言うことを聞かないが、あくまでもそれは「無視」であって「反抗」ではない。

思春期になると子どもは親に隠し事を始める。

意識的に、「親に言うこと」と「言わないこと」を分けるようになるのだ。

それまでも「言えないこと」を隠すことはありますが、思春期が近づいてくると「言えないこと」ではなく、「言いたくないこと」を隠すようになる。

この違いは、結構大事。

「言えないこと」っていうのは自分にとって恥ずかしいことだったり、ママに知られては困ること。

だから「先生に叱られたこと」とか、「いじめられていること」とか、逆に「いじめていること」などは親に言わないことが多い。

そして、これを無理に聞き出そうとすると「作り話」を始めるのが特徴。

それに対して「言いたくないこと」とは自分の「プライバシー」に関すること。

思春期以前の子どもには「プライバシー」という感覚が意外と無いのだ。

お風呂から出た後、平気で裸で歩き回るような状態の子どもにはプライバシーという感覚はないといえるんじゃないかな?

じゃあ、園長もそうじゃないの!!と突っ込まれると困ってしまうのだが・・・それはそれとして。

そして、思春期の子どもたちは、親がこの「プライバシー」に触れるようなことを言ったり、やったりすると怒るのだ。

実は、この「プライバシー」という意識の発生こそが一番「思春期」を特徴だし、厄介なのだと思う。

親としてはそれまでの延長で、普通に話しかけたり、色々とやっているだけなのに急に子どもの反応が反抗的になるんだからね。

それは、子どもが親の保護を受け付けなくなってきたということであり、また精神的な自立が始まったということでもあるんだから歓迎しなくっちゃいけないんだろうけれどね。




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よく「他の哺乳類と人間とどこが違うか?」といったクイズがある。

二足歩行だとか、火を使うとかいろいろあるのだろうが、ゴリラ研究の第一人者山極教授は「人間の条件は利他の心や行為にある」と言っている。

なるほど、確かに人間は損得勘定なしに誰かに奉仕するなんてことをするものね。

他の動物でも「こどもを守る」時に助けるという行為はするだろうけれど親子以外にはありえないよね。

これだって、子孫を残すという目的があるからで、そんなこと関係なしに自分の身や時間を犠牲にして奉仕するなんて生物学的には理解しがたいんだって。

あのダーウィンも自分自身が死んでしまうかもしれないのに他人を助けようとする人間の行動が人類史上途切れることなく受け継がれたことを説明できずに悩んだんという。

結論から言えば、「共感」という能力があるということらしい。

相手が何を欲しているのか?

何をすれば喜ぶのか、また、悲しむのか?

でも、共感だけならチンパンジーにも見られるらしいが共感が他者に広がることは無いらしい。

しかし、子育てに親以外の大勢の個体が関わると共感が広がるらしい。

人間の場合は、子育てをみんなで行って、共感が同情、公衆道徳なんて進化したのかもしれないね。

世界が狭くなり、一方、文化の違う民族が同じ時代を生きていくためには、この「共感する力」が平和を守るキーワードになる気がするのだ。

えらく大きな話だけれど、共感する力を持っていますか?

人間の条件ですからね。


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こども語辞書という面白いサイトがある。

全国から投稿される赤ちゃんのことばデータをもとに、発話や意味などの観点から赤ちゃんことばの傾向を検索できるウェブツールなのだ。

その中に「こども語研究室」なるページもあって、僕らのような保育に関わる人間が読んでも面白いページがある。

うちの保育園の「食に関するの発達」の調べ物をしていたのだが、一見関係のないを1歳3ヶ月くらいの赤ちゃんが話す言葉に目が留まった。

「わんわん」「ぶーぶ」「まんま」の代表的な幼児語を実際発音してみると唇が単純に開いたり閉じたりするが、舌の位置は全く動かないことに気が付く。

そう、赤ちゃんにとっては発音しやすいのだ。

「まんま」とか「ぱっぱ」なんていうのはMやPという子音にAを組み合わせただけで口の中をコントロールする必要があまり無いのだ。

また、赤ちゃんは「ん」「っ」などの独特な音のリズムも好きなことがサイトを見ているとよくわかる。

そこで、ふとこれらの言葉を掛け合わせて、初歩的な言葉の発達の練習など出来ないかと組み合わせを考えてみたら・・・

出来ました。

「あ」「ん」「ぱ」「ん」「ま」「ん」

こどもに人気が出るわけだよね。

やなせたかしさんは、ここまで考えていたのだろうか?

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子育てのマニュアル本のことについて調べていたところ、日本で最初の「子育て書」は、能楽を大成した世阿弥が父観阿弥の述べたものをまとめた『風姿花伝』に行き着いた。

学者の皆さん間違っていたらご免ね。

そして、その冒頭には「年来稽古条々」という章があって、子どもにものを教える基本を説いてる箇所があるのだ。

その初めに「7才」という項目がある。

能や狂言のもととなった申楽では、子どもにものを教えるには「7才(満6才)」の年令から始めるべきだと・・・。

ほほ〜!

この教育の開始年令は、昔の人が経験的に考えて行ったものだが、現在の知識からみてもきわめて妥当で、的を得ている。


では、2番目に「子育て」について書かれたものは・・・と調べていくと。

なんと、時代は室町時代。


領主の子どもを教育していた寺院がまとめあげたといわれる『世鏡抄』という作者不明の「子育て』指南書である。


そして、そこでも「誕生の蟇目より七歳までの学文始め迄肝要也」


要するに、子どものの育成においては、生まれ落ちてから七歳までの期間が最も重要だということだ。

感心してしまったのは、その直後に、「夫婦そろって賢明である保証はないので、役割にふさわしい人材を抜擢する方が望ましいだろう」なんて記述がある。

優秀な乳母のことを指しているのだろうが、保育園の職員が読むと勇気付けられる。

科学的な根拠などなくても、過去からの積み重ねで出来上がった習慣や文化にはやはり耳を傾けねばならないと思うのである。

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クリスマスが近づいてきたからだろうか、うちの息子たちの口から「プレゼント」という単語がやたらと聞かれる。

大切な人からの贈り物を待ち侘びるというのなら可愛いのだが、子どもの中に物欲のようなものが見えるとゲッソリしてしまう。

今朝、珍しく家族全員が集合。

僕は、息子に「ど根性ガエル」のある話を語る。

正確じゃないかもしれないけれど、きっとこんな話だった。


教師生活25年の町田先生が、昔の友人が乗った車に泥をはねられた。
その友人は成金のお金持ち。

町田先生に申し訳ないということで食事を御馳走することになる。
その場にぴょん吉やひろしも一緒にご招待された。

食事の場面で成金の友人の成り上がりの自慢話に「すげ〜」という雰囲気があったのだが、そのうち町田先生が肩身の狭そうな空気が流れ出す。

その時、成金の友人がひろしたちにお小遣いをやろうという話になる。

それに対し、ひろしは「そんなもん いらねえ!」と言って店から出て行くのだ。

成金の友人は「せっかく あげるというのに何故・・・?」

店を出ると、町田先生の奥さんがお迎えに来ていた。

その奥さんは、昔、クラスのマドンナだった女の子。

マドンナは、お金持ちなんかにはならなかったけれど、町田先生を選んだというラストシーン。


息子たちは、静かに僕の話しに耳を傾けていた。

話を終え、「深い話だろ!」と声を掛けると・・・

5年生の息子は「ぴょん吉って ご馳走食べるんだ〜」と一言。

おいおい 心に残ったのはそこなの?

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うちの保育園には子どもと接する上で”掟”といわれるルールがたくさん存在している。

そのひとつ”言葉は投げずに手渡しで”は基本の基本。

「日本語はなぜ美しいのか」(集英社新書)のなかで、こんなエピソードが紹介されている。

ある父親が、自分が英語で苦労したため、子どもにはそんな想いをさせたくないと思い、赤ちゃんの時から徹底して英語漬けにしたそうだ。

生後二ヶ月から毎日、連続して10時間英語のCDを聞かせたり、ビデオを見せて、さらには発音を悪くしたくないと、ほとんど話しかけることはしなかったらしい。

その結果、二歳を過ぎても「パパ」「マンマ」など三つの言葉しか話せなかったそうだ。

さらには両親が話しかけても無表情で、手を繋ぐのもいやがり、親子のコミュニケーションが取れなくなってしまったという悲しい事件である。

これは英語のCDやビデオだったから問題じゃ無いよ。

僕に言わせりゃ、最近流行っている「読み聞かせCD」も一緒だからね。

「子どもに聞かせると豊かな心が育ちます」的な宣伝文句は犯罪だと思うよ。

CDの語りなんて、心に届かないということぐらい分からないかね。

何故って「自分に向けて」語られた言葉ではないから。

CDの言葉はただの「独り言」。

どんなに上手な読み手のCDでも、CDから聞こえてくる言葉は「機械の独り言」なんだよね。

大人はその「言葉」に意味を感じれば、その「独り言」にも耳を澄ますことが出来るけれど、子どもは直接自分に向けて語られた言葉以外には耳を澄まさないよ。

「人と人を繋ぐ役割としての言葉」は、直接「人から人へ」と手渡しする以外に伝えようがないのだ。

先日研修に来ていた先生が、「なんでこんなに先生の話を一生懸命聞いているのですか?」という質問を受けた。

この先生の悩みは、現代の先生といわれる人たち共通の悩みではないかと思っている。

今の子どもたちは、一対一で話しかけるとちゃんと聞くことが出来るのに、「子どもたちみんな」に話しかけると、聞くことが出来ない子どもたちがいっぱいいるということなのだ。

先生がどんなに一生懸命に話しかけても、全く子どもに届いていかない感覚。

だから、、先生が「静かにしなさい」とか、演出過剰にして振り向かせるだけ。

でも、それじゃ「聞く力」なんて育つわけが無い。

でも、乳児期からきちんと一対一で話しかけられている子は、先生が「みんな」に話しかけていても、それを「自分への言葉」として聞くことが出来るのだ。

”言葉は手渡しで”は、決して静かな保育室にするだけの意味でやってるんじゃないんですよ。

うちの職員もわかってるだろうね(笑)

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僕は、職業柄、いろいろなところで子育て支援関係と関わるサポーターや、主任児童員や、民生委員の方々との付き合いがある。

そんなときに決まって耳にするのは、お母さんと子どもと子育ての状況がどんどん悪化してきているということ。

だから「子育て支援」が必要なんだけど、どうもうまく「子育てで困っているお母さん」と「支援」がつながっていない気がする。

全体としての子どもたちの数は減っているのに、「支援を必要とする人」は逆に増えているという。

でも、そのようなお母さんの支援イコール、「では、子どもを預かってあげましょう」的な発想をする人が多くて困る。

子育て支援とは、本来「お母さんが安心して子どもを育てることが出来るように手助けすること」なのに
「お母さんの代わりに子育てをしてあげる」を積極的に行ったら意味がないでしょ。

昨日、ある保育園長と「子育て支援」について雑談。

「子どもと一緒にいることを楽しむことが出来ない」という相談をうけたようだ。
「子どもにお金をかけてあげられない」から、自分は母親失格だという言葉もあったという。

このような悩みに対し、若い職員が「じゃあ、子どもを預かりますよ」「早く子ども手当てが出るといいですね」という言葉を返したら「安心したように帰って行った」という報告をしてきたという。

う〜ん。考えさせられる。

この会話で、何が解決したのだろう?
子育て支援したことになるのだろうか?

違うよね。

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仕事の帰り際、主任が自分の息子の友達の話を語りだした。

内容は、小学校3年にもなって、友達との間に起こるトラブルを呆れるほど解決できない少年と、その子どもの問題に介入してくる親に対しての愚痴である。

笑い話のような出来事に聞こえたが、巻き込まれた当人にとっては迷惑な話である。

その話を聞きながら、久々に思い出したエピソードがある。

それは、僕がまだ、保育園を立ち上げる前の、民生児童委員をしていた頃の土曜の午後だった。

自宅に匿名の電話が掛かってきた。

匿名:「鈴木先生ですか? 子どものことなら先生に相談すると良いって聞いたものですけれど・・・」

八朗:「お子さんのことで、何か相談ですか?」

匿名:「あのー、いま息子の友達がうちに遊びに来ているんです」

八朗:「はい。」

匿名:「その子がですね。うちの冷蔵庫を勝手に開けて、ジュースを飲んでしまったりするんです」

八朗:「それは、困ってしまいますね」

匿名:「そうですよね。それで、なんとかしてもらえますか?」

八朗:「えっ、何をですか?」

匿名:「だって、相手の親御さんにこんなこと言えないじゃないですか。もう私、困ってしまって・・・」


困ってしまうのは僕の方だと思いながらも対応したのだが、これに近い相談は、10年以上前から、何度も起きている。

その当時の子どもたちが今では成人になっているのだ。

背中がゾクッとしたのは、もちろん夜の冷え込みが原因ではない。

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そろそろオープンにしちゃおうかな。

来月の20日過ぎから10日間の予定で、ドイツとフランスに視察研修に行くことになった。
憧れのミュンヘン・フランクフルト・パリなどの都市の福祉施設巡りの旅である。

思い起こせば8年前、保育園の立ち上げ前に、ドイツに保育園視察に行くチャンスがあったのに、テロ騒ぎで中止になって以来、園長在任中の渡航など諦めかけていた矢先の朗報なのだ。

この話が、上がったときに純粋に「何かを吸収してきたい」という想いと別に僕の頭の中には、「日本というのは・・・ということを語れなければならない」と感じたのである。

例えば、日本として世界に誇れるものとは? 


先月NHKの短い番組で「世界一のホームステイ先」として長崎県の平戸という小さな漁村が、2年連続で「もう一度行きたいところ」に選ばれたというドキュメンタリーをやっていた。

横浜・東京・京都・大阪等々、日本にも高校生くらいが好きそうな街はたくさんあるのに、何故、長崎の平戸?

ホームステイの取材をしているのは、毎年2万人の高校生を世界50カ国以上に送り出しているアメリカの教育団体。

記憶が正確ではないのだけれど、内容は高校生が3泊4日のホストファミリーと過ごすというシンプルなものだが、アメリカの高校生は、そこに、アメリカには無い何かを感じ取るのだ。

そして、その何かとは・・・

まずは、言葉も通じない中、精一杯の身振り手振りでご対面。

そのうち、ジェスチャーや片言の英語を交えて、いつの間にか、釣りをしたり、シャボン玉をしたり、あやとりをしたり・・・一緒に食事をしたりして、別れ際には自然と泣きながら抱き合っている。

これだけでは、長崎の平戸だけにしかない“何か”は判らなかった。

最後に「何に感動したのか? 何が良かったのか?」というインタビューが流される。

高校生が口にしたのは「家族みんなで食事をしたこと」と「道で会う人が挨拶をしてくれたこと」

えっ!?  そこなの!!

正直驚いた。

一家団欒とか、家族が同じ場所に集まって、なごやかな楽しい時間を過ごすことなんて、別に日本独特の風習でもなんでもない。

しかし、栄養計算された食事をベビーシッターに食べさせてもらっているだけでは駄目だという証明になっているのではないか?

農耕民族のように、皆で協力しながら、人の中で見守られて育つシステムが、評価されたということなのだ。

保育園の食事や、保育園内での挨拶などを考える上でも参考になる番組だった。

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