幼児教育の現場では“五感を育てる”なんて言葉は当たり前のように踊っているが、では、具体的にどのように五感を育てているかは、意外と????ではないのかな。

子どもの頃に感覚や器官をきちんと育てられるかどうかということが、大人になってからのさまざまな能力に影響を及ぼす、と僕は最近、痛感しているのだ。

五感のうち、もっとも根本にあるプリミティブな感覚は、数日前にも軽く書いたが、「触覚」である。

「触覚」とは、皮膚(肌)とは「自分(私)」と「外(世界)」を隔てる境界線だと思っているし、また、「触覚」を刺激してその輪郭を意識させることで、「自分(私)」という自我が育ってくるという面がある。

そしてまた、「肌」は人との適切な「間合い」というものを感じ取る器官でもある。

人に対してどれくらいの「間合い」で接すればいいのか、人はつねに肌で感じ取りながら、その「間合い」を微妙に調節しているものである。

「触覚」がきちんと育っていないと、人とどれくらいの「間合い」で接すればいいのかがよく分からないのだ。

阿吽の呼吸とか、空気を読むなんて芸当は日本人は得意分野だったのに、KYなんていわれる人が増えているのも、「触覚の未発達」の問題なんて考えられないかな。

「人との適切な間合いが取れない」という人がとても増えているのは、かなり「時代の病い」であるなぁような気がするのだ。

やたらに近づきすぎて傷つく(傷つける)か、遠ざけすぎて孤独になってしまうなんて・・・。

もともと、ハリネズミのジレンマ(近づきすぎると棘が刺さるし、離れると寒くなってしまう。だから、丁度いい距離を見つけ出す)のようなことは、昔からあったわけだが、「傷つける」「孤独になる」の二者択一にいつからなってしまったのだろう。

そのことの根本に、子どもの頃に“適切なかたちで触ってもらう”という経験が非常に少なかったということがあるのではないかと思っている。

話は、変わるが、昨日うちの長男が部活の休日を使って女の子たちとプールに行ったようだ。(僕の息子であるから、ここ数日間は、妄想族だったのではないかと思われる。)

丁度、僕が海から帰宅する時間に、彼らの集団を見かける。

男三人の間に女の子を挟み、楽しそうに歩いている。

こうでなくっちゃ!!

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僕は職員に「拙くても良いから、自分の言葉で保育を語れるような職員になって欲しい」と保育士に要求するのだが、やはり、物事の本質を全く判ってないようでは、保育を語っても表面的で面白い話にはならない。

韓流スター大好きな、ある保育園の保育士Hさんから「ごっこ遊びって、そんなに大切ですか?」という直球勝負の質問を受けた。

あまりにも大雑把な質問だが、回答する側の力量がわかるというものだ。

うちの職員だったら、この質問にどのように答えるのだろうと興味が湧いたくらいである。

僕が咄嗟に思いついた答えはこうだった。

うちの保育園で“かかわり”を大切にしているから、ごっこ遊びはその中心で、絶対に外せないね。

ヒトって実は、いくつも顔を持っていてTPOに合わせて使い分けているんだよね。

だいたい、園長に見せる顔と、恋人に見せる顔は当然違うでしょ。

どちらが本当の自分なんて問題じゃないんだよ。

でも、“これが本当の自分”なんて思い込んで、ひとつの仮面に囚われすぎちゃうと、それを否定されちゃうと丸ごと傷つくしかないじゃない。

ミスを指摘されると、人格を否定されたみたいに逆ギレしたり、思いきり落ち込んだりする人が多いと思うでしょ? 最近!!

そういう人たちは“いろんな私”が無いんだよね。

ごっこ遊びは、“いろんな私”の宝庫で、あるときは正義の味方、あるときは鬼、又、あるときは想像上の生き物なんてね・・・。

そして、ごっこ遊びに絵本などの物語がセットになると最強の遊びなんだよ。
物語の中には、人間の“行為のパターン”がたくさん詰まっているから、ごっこ遊びの中で実践すると問題解決策をたくさん知ることになるんと思うんだよね。

仮面(ペルソナ)をとっかえひっかえすることが、人格の幅を広げるんだな。

実際、ごっこ遊びを楽しめる子どもを見てみると、その人間関係能力の高さに驚くよ、ホント。
結局、人との豊かなかかわりを持てる人が豊かで幸せな人生を送れるんだろうから、ごっこ遊びは、大切なんだよね・・・・

教科書などに載っているような遊びの効用を話したほうが良かったのかもしれないし、保護者相手なら、また、違った言い方になるかも知れないが、ペルソナを増やすということって、今まであまり言われてこなかったことだけど、重要なキーワードになる予感がするんだな。

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ベビーマッサージを実践する 保護者のOさんとオキシトシンの話になる。

オキシトシンと呼ばれるホルモンには「夫婦げんか」を鎮めたり、緊迫した状況でのストレスを軽減させる働きがある別名「愛のホルモン」と呼ばれる素晴らしいものだ。

2005年、スイスの研究チームによって「ヒトはオキシトシンを吸入すると、他者を信用する傾向がより強くなる」という、驚くべき発見が科学誌「ネイチャー」誌上で公表された時は結構、話題になったんだよね。

ちょっとと説明すると
・50組のカップルを対象として、
 半数のカップルにはオキシトシンを鼻にスプレーで噴射し、残りのカップ ルにはプラセボ(偽薬)を噴射。

・上記の後に、それぞれのカップルが抱えている未解決の問題について口論 をさせる。

・それぞれのカップルから、唾液中のコルチゾールの濃度(ストレスを測る ときに使用されるのだ)を測定。

・さらに、それぞれのカップルに 自分たちの関係を評価するアンケートに 回答してもらうと・・・・

結果は、オキシトシンを噴射したカップルは、プラセボのカップルと比べてコルチゾール濃度に減少が見られた。

さらにオキシトシンを噴射したカップルは、マイナスの感情もプラスの感情も素直に表現することができた。

心理学的見地からいえば、これはまさに争いを解決しようとする行動をとったことになるそうだ。

まあ、難しい話は置いておいて、様々な科学者が、研究し、オキシトンが人間の幸福感を生み出すホルモンだということだ。

オキシトシンは子宮の伸縮を助け、エンドロフィンの放出も促す。

そして、人間関係や他人との心理的境界を健全に保つ能力に関係があり、ストレスを軽減させる働きがあるのだ。

お母さんが赤ちゃんへの愛情が深まったり、男女間の愛情行動も高まるらしい。

すばらしいでしょ。

オキシトシンのスプレー、一本だけでいいので、誰か、僕に分けてくれないだろうか?


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「身体にきく」(「体癖」を生かす整体法)片山洋二郎著/文藝春秋という本が面白い。

普通の整体師はからだのゆがみを取ろうとするそうだが、彼はそのゆがみを活かすことが大切だというのだ。

以下はその部分の抜粋、一緒に見てみよう。

私も整体を見よう見まねではしめた若い頃は、骨盤や背骨を一発で矯正していた時期がありました。たしかにそれは、その人の身体に合っていたとき劇的な治癒効果があり、「奇跡の治療」のように見えることもあります。

しかし、数多くの経験を積むうちに、ゆがみを即座に正すのではなく、骨盤の癖を活かしてゆるやかに身体の求めている方向に手助けするほうが、結局は長い目でみたときによいことに気づきました。

私のアプローチは、本人の身体のゆがみを利用して、身体が向かいたい方向に向かわせるというものです。身体の一部にふれたり、特定の姿勢をとることで、静かに身体をゆるめ、深い呼吸を引き出す。

そのほうが、身体に大きな負担をかけずにその人のもつ本質的な回復力を引き出すことができますし、何よりも、病状や年齢を問わず、安全にアプローチできるのです。

この考え方は、僕が良く語っている話と似ていると感じませんか?

これは人間だけでなく全ての現象における根本原理のような気がするのだ。

例えば、磁石に鉄がくっつくのは、磁石の力だけでなく、鉄の側にも磁石の働きに共鳴する性質があるから、くっつくののと同じように、紙に火を付けて燃えるのは、紙が燃える性質があるからなのだ。

そして、そのような性質を消してしまった紙は燃えない。

だから、紙が燃えることを防ぐためには、同時に二つのアプローチが必要になる。

まず最初に「火を遠ざける事」です。次に「紙を燃えにくくする事」。

この時、燃えている火を消すだけでは一時的にしか問題を解決する事が出来ないで、すぐに、また燃え始める。

さらに、人間の心やからだは紙よりももっとへそ曲がりに出来ているから、力ずくで修正されると、反発して元に戻ろうとするものなのだ。

無理にダイエットすると、リバウンドで元に戻ってしまうのと同じだな。

時には前よりももっとひどい状態になります。(こんな人いるでしょ)

押されたら押し返すというのが人間の心やからだの本質的な働きなのだ。

だから無理をしてはいけない。
だから強制するのではなく、導くのが大事。

大人が子どもに成長を押しつければ押しつけるほど、子どもは反発して成長しなくなる。

うちの保育園が「やらせる保育」をせずに「見守る保育」をするのもこれが基本だからね。

それは「学力」でも同じ。
だから、学力を上げる事ばかりしか考えていないと、子どもたちの学力はますます下がるのだ。

本当に学力を上げたいのなら、学力の事は忘れて、子どもたちが自らの意志で勉強したくなるように導く事しかないんだよね。

学力はその結果に過ぎないということ。

子どもと接するときには、今の状態を否定してはいけないのだ。


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6月4日のブログの続きです。

子どもの自尊感情が世界一となっているオランダの状況をオランダに住み、そこで体験を書いてあり、実に興味深い。

日本と単純に比べるのは意味がない。
文化も歴史も違うのだから・・・。
当然、「良いな〜」もあれば「そんなの無理」もある。

でも、自分が子どもだったらどっちが良いかな〜という「子ども視点」ような感覚を大切に比較してみると面白い子育てのヒントが現れてくるかも。

花と風車と酪農と自転車...そんなイメージしかないであろうオランダ。
受験戦争も残業もなく、良く寝て、良く笑い、世界一長身で....なのに、国際競争力は実は日本より上!

干拓によって国土を広げた国ですが、どこにいっても緑と花と水...。
公共がデザイナーによる投資を惜しまず、景観の秩序と、誰にもわかりやすい表示、障害者やベビーカーにも優しいグローバルデザイン。

オランダ人曰く「宇宙は神が創った。オランダはオランダ人が創った」

面積は九州ほどの小国ですが、EU連合の立役者であり、ヨーロッパ最大のハブ空港とユーロポートを有してヨーロッパ物流の中心地としての役割を果たしている。

さらに、ワークシェアリング、教育改革に成功(イエナプラン)、高い出生率...
今の日本に役立ちそうなヒントをたくさん持っている。

・ 家族という単位がしっかりしており、夜6時には家族で食卓を囲む。
・ 子どもにも役割が与えられ、しっかり家のお手伝いをする。
・ お弁当は、子どもも男性も自分の分は自分で作る。
  (パンの間にハムとチーズをはさむだけなので、誰でも作れる)
・ 宵っ張りの子は少なく、大人も睡眠時間が長い。
・ レジャー施設などの非日常的な遊び場はあまりない。
・ ミュージアムパスで、国中の美術館、博物館が一年間無料。
・ バカンスは、太陽を求めて牽引式のキャンピングカーでスペインやポル  トガル、トルコなど暖かい場所へ!
・ 学習塾はなく、学校から帰った子どもは元気に外遊び。
・ 子どもをあまり比べない。
   ⇒ちょっとのことは全て、"It's normal!"
・ 他人の子どもにも悪いことはきちんと注意してくれる。


・ 携帯を持つのは大人だけ(大人も必要最低限しか携帯メールはしま
  せん。携帯メールを好んでするのはヨーロッパではイタリア人だけらし  い。)
・ ゲームは一部の中学生以上。小さい子ども向けの電動おもちゃは少な   い。
・ 過剰な安全対策よりも、自分で自分の身を守る子どもを育てる
   ⇒いたるところにある水路には柵はなく、子どもは服を着たまま泳
 げるよう義務づけられている。
・ 子どものテレビアニメでは、途中でCMが入ることがほとんどない。
・ 子どもに見せたくないテレビは、リモコンでキャンセルが可能(アメリ  カも同じ)
・ 小学校は4歳の誕生日から5歳の誕生日までの間に随時入学可。
  集団が苦手な子どもには、「週1日から〜」「午前中だけ」といったよ  うに、先生と相談しながら適応させていくことが可能。
・ 普通のカソリックや宗教の関係のない学校、シュタイナー、モンテッソ  ーリなど家庭の考えで好きな学校が選択可能。
・ 国として、大規模な教育改革(イエナプラン)に成功。
  ⇒ 内容は、フィンランドなど北欧の教育に近い。
   競争に追い立てたり、型にはめるのではなく、個々の興味や進度に合   わせてグループで行う教育。
   早さや確実さを求めるのではなく、自分を表現することや、答えより   プロセスを重視。
・ 国立大学は国民は無料。子育てにお金があまりかからない。
・ 先生はそれぞれ授業の進め方を決める権限をもつ。また授業以外の雑用  がないため時間に余裕がある。
・ 大学進学するのは一部の子供のみ。中学進学の時点で、大学進学か一応  の選択をする。
  大学を卒業しなくとも専門職は尊敬されるので、受験戦争はない。
  ⇒間違いを否定しない、早さや確実さを求めない教育、子ども自身の発  達に合わせた教育。

・ ワークシェアリングの先進国。
  勤務日数・時間を減らしても、キャリアを保つことが可能。☆保育園、  小学校は登下校を大人が付き添うが、父、祖母、祖父...おじいちゃん、  おばあちゃん、。自転車専用道が完備されているため、親の判断で保育  園児でも自転車登園可能。
・ 小学生のうちは、必ず大人が送り迎え(学校は一日四往復!)。
・ ただし車による送り迎えはもちろんOK、自転車専用道があるので幼稚  園児も自転車通園(自分で運転)がOK。
・ ベビーカーで子どもが食べていたおやつは、固いパンやバナナ。
  ⇒普段は質素でも、お誕生日やイベントのときには楽しいおやつがいっ  ぱい!めりはりがあります。
・ 小学生の買い食いは一度も目撃しませんでした。
・ 学校では10:30頃にスナックタイムがあり、持参したフルーツやク  ッキーなどを食べる。

・ 風邪は自然治癒が基本。抗生物質は本当に必要な時しか出さない
・ 骨折くらいでは救急車は来てくれない(実際、「病気でないなら、自力  で来てれ」と断られた。)
・ 出産は経過に問題がなければ自宅出産。産後は2週間は専門の人が家   事、子どもの面倒、赤ちゃんの世話までまるがかえでやってくれる制度  がある。
・ 老人も保育園での読み聞かせなど、ボランティアで社会に役立つ仕組み  がある。

何度も言うが、単純な比較は意味がない。
自分が子どもなら、そんな国をどう思うかなのだ。

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夜のファミレス、時間は11時過ぎ、僕の背後から、どう見ても小学生以下の子どもの声がした。

「死ね、くそばばー!」


先日、ある施設の先生と「子どもたちの言葉がすさんでいる」という話題になった。

“死ね”、“消えろ”、“ウザイ”というような言葉を使う子どもたちが増えているというのだ。

その先生曰く、“子どもは意味が分からなくて使っているのだから、そんなに気にする必要はない”と思っているという。

それは、違うでしょ!!!

そんな言葉を使う子どもの背景に、子ども達の“すさんだ人間関係”を感じるからである。

確かに子どもたちはそのような言葉を、その正確な意味を知って使っているわけではないだろう。でも、そのような言葉を格好いいと思い、平気で他者に向け投げつけ、相手を排除するような感性は決して肯定されるべきことではないのだ。

ポイントは、だからといって単純に、ただそのような言葉を否定すればいいということではない。

大人が認識しておくことは、子どもたちの言葉は100%「生活の言葉」だということ。

そして、子どもたちは大人や仲間との生活の中での関わり合いを通して「生活の言葉」を学ぶわけだ。

ということは「死ね、くそばばー」という言葉を使っている子は、そのような言葉を学習する環境で生活しているということなのだ。

そして、そのような言葉を使っても注意してくれる大人が周囲にいないということであり、子どもの心に寄り添ってくれる大人が周囲にいないということを意味している。

子どもたちは「死ね!」という言葉の意味は分かっていなくても、その効果についてはちゃんと分かっているはずだ。

子どもたちは「死ね」という言葉が相手の心に与えるダメージをちゃんと感覚的に理解して使っているのだ。

だから、「死ね」という言葉の国語的な意味を理解しているかどうかが問題ではなく、その言葉が相手に与える影響を理解しているかどうかが問題なのだ。

でも、だからといって最初に書いたようにただ言葉狩りをしても無意味。

そうでなく、そのような言葉を言われた子どもの悲しみや傷ついた気持ちを本人に伝えていくしかない方法などない。

遠回りに見えるが、それを本気でやってくれる大人を 子どもは待ち望んでるよ。



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ただいま保育園ではケアワークマニュアルの点検中。
食事に関しては、子どもの発達と連動させてのケアとなるため、自分で言うのもなんだが、かなり専門性が高いものである。

ただし、僕らは研究者ではないので、この高度な技術と技能を短大卒の新人さんでもわかるように噛み砕いたマニュアルにしなければ、結局使い物にならない。

「アホでも、解かるマニュアルにしよう!」がキャッチフレーズなのだ。

そうなると、アカデミックな横文字や難しい漢字や専門用語を易しく、判りやすくしなければならないのだ。

うちの保育園でたびたび出てくるフレーズとして「もぐもぐ ごっくん」がある。

辞任を表明した中川元大臣関連のニュースで、たびたび耳にした、「ゴックンはしていません」というフレーズ。

この場合、「お酒は飲んでいない」という意味だったけど、もともとこの「ゴックン」という表現、赤ちゃんや子どもに飲み込むことを促すときに「ゴックンしなさい」などと使うことが多いと思う。

では、そもそも「ゴックン」ってどういう音なのだろう? 

調べてみると『ゴックン』の『ゴッ』とは喉に流し込む直前の音で、『クン』は流し込んだ直後の音らしい。

もっと正確に言えば、『ゴッ』とは食道に流し込む時に、間違って気道に流れ込まないように、喉仏が上がったときの音で、『クン』は飲み物が食道へ流れ落ちた後の喉頭が下がっている状態をさすのだ。
(アカデミックでしょ)

気道などに間違って流れこまないよう、食道に正しく流すために「ゴッ」「クン」とやる、自然な音として生まれたようである。

ついでに、咳払いなどの『ゴッホッ』の『ゴッ』の音の出るときは、喉頭は上がっています。
匂いを嗅ぐときの『クン、クン』は音は出ませんが、喉頭は下がっているというわけだ。

つまり、「ゴッ・クン」は、喉頭が上がり下がりする嚥下(えんげ)運動を音で説明しているものなのである。

とはいえ、普段、大人が「ゴックン」という表現を使うことはない。

これはなぜなのだろう?

『よくカミカミして、ゴックンするのよ』とは、実は、嚥下運動のオノマトペなんだよね。

オノマトペは、語彙のない赤ちゃん言葉から、普通の言葉に移行する過程で使用されるもので、オノマトペによる語りかけは、発語教育に欠かせないものと考えるならば、良く出来ていると感心してしまう。

理解力が乏しいことを『飲み込みが悪い』などと言ったりするが、いい大人がオノマトペの言葉なんか使ってちゃダメって事だ。


ちなみに、ネットでこの「ゴックン」を調べようとすると、出てくるのは今回の中川氏関連のニュースと、離乳食、エロばかり……。

ああ……。

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母と二週間ぶりに一緒に昼食と思い、準備をしていると、リビングの机の上に息子の眼鏡が置いてあった。

レンズが汚れていたので、余計なお世話だが、自分の眼鏡を拭くついでに、子どもの眼鏡も拭き始めると・・・

ポロッ。

眼鏡のフレームの鼻に当たるところが、取れてしまった。

息子は大声で「え〜〜〜!」
「犯人は俺じゃない。悪気は無かったんだ」と言いたい父。

仕方なく今日の予定を変更して、眼鏡屋へ。

「前回、作られたときから、2ミリ目の間隔が大きくなっていますね」
「丸顔ですから、四角い形のほうがお似合いですよ」等々、小学4年生に対しても丁寧な対応。

出来上がりまでは5日間ぐらい掛かるそうというので「学校とか平気か?」と聞くと「左目はいいから問題ないよ。あとさ、気にしなくてもいいから、店の人も言ってたけど、取り替える良いタイミングだったってさ」と息子。

父としても面目や威厳がない気もするが、まあ良しとしよう。




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バードウオッチングなんていって、家の外の小鳥に注意を払っていたからだろうか、うちのインコの「ロッキー」の元気が無い。

エサは食べないし、ウンチをする回数が少なく、かごの外にも出たがらない。

病気だ!

我が家のインコの掛かりつけの病院は 横浜小鳥の病院。
道路沿いにある民家と見間違えるような小さな専門病院である。

2月11日(祝)の早朝、診察が始まる30分前に到着するが、すでに長い列が出来ている。

みな、自分の小鳥が一番大切といった顔をして(どんな顔だよ!)待合室で静かに待っている。

さて、鳥の診察とは何をするのかと言うと・・・
 体重を計り、栄養状態を見て、食欲の状態を見る。
 呼吸や貧血の状態を見る。
 頭部周囲に汚れがないかを見る。
 眼や嘴にに異常がないかを見る。
 口の中、鼻、羽毛に異常がないかを見る。
 総排泄孔周囲に異常がないかを見る。
 脚、腹部、骨格、尾脂腺に異常がないかを見る。
 行動や動作に異常が無いかを見る。
 便の状態を見る。
こんな感じで丁寧に進んでいく。

診断結果は、なんと!

病気というよりも育て方の問題のようだ。

それも飼い主のおかげで発情していることが要因だというのだ。

鳥の発情は光周期(昼の長さ)、温度、発情相手の存在などが関連して起こると言われているらしく、飼鳥の場合は夜も照明を付けている事や、冬の暖房、飼主が相手をしすぎる事や、鏡などのオモチャの存在等で発情が刺激されている可能性があるというのだ。

う〜ん。
かなり該当するぞ。それもほとんどの原因は僕である。

朝、暗いうちから声をかけ、仕事から帰り、食事を済ませた夜中に相手をして、更に更に、きっと楽しいだろうと、変な玩具を作り不必要な刺激もたくさん与えているのだ。

すまん、ロッキー!
僕のために、ムラムラ・悶悶という日々を送っていたんだね。

また、オスの場合発情に伴う問題として食餌の吐き戻し、射精行動の繰り返し、精巣肥大に関連した脚の麻痺などの問題が出る恐れもあるらしい。

発情し興奮した時に出る白い液は精液で、激しく射精を繰り返す事で総排泄孔(お尻の穴)周囲が擦り切れて出血している可能性があり、1年中発情しているという状態は鳥本来の行動ではありえないそうだ。

そりゃそうだろう。

発情を抑える方法としては、「早く寝かせる」 ことが一番よいそうだ。
基本的には、家でも夜は遮光カバーで真っ暗にしているので、僕がいじらなけれ大丈夫ということか。

なんにしても知らないということは恐ろしい。
善意でというか、僕のペースでロッキーに接していたけれど、ホント申し訳ないことをしたもんだ。

でも、子育てもまさしく一緒だよね。
大人の思考やペースにあわせてちゃ駄目だよと改めて反省。

明日は発表会。
保護者に見せるために演るのではなく、子ども自身が楽しんでなければ意味が無い。

でも、今回の発表会では「普通に子どもたちが育てば、こんなことが出来るんだ」という成果を見てもらえる気がするんだよね。


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珍しく、子育てネタを書いたら反響があったので、第二弾。

今日、姉妹園に行っているとき、乳児がテラスで遊んでいるので、側にいき近くでしゃがんでいると、こちらに興味を示してくる。

僕は、手をもぞもぞさせながら「こちょこちょこちょ〜」と触れようをすると触れる前に「きゃははは」と大喜び。

撫でたり、摩ったりというスキンシップを基本とするならば、こちょこちょは実に異質である。
どれも親密な関係の暖かい人間関係の中でのスキンシップなんだけどね。

大体くすぐるという行為は、遊びみたいなものだ。
くすぐられた時のこそばゆい、もぞもぞとした感覚からは、逃げたくなる気持ちと、気持ちよさが共存しているみたいである。

恰好付けていうなら「緊張と弛緩」の遊びなのだ。

でも、自分で自分も事をくすぐっても、別にくすぐったくは無い。
この理由は、くすぐるという刺激がいつくるかが、判ってしまうと、脳があらかじめ、その刺激を抑制しちゃうかららしい。

だから、ちょっと予測が付かないと、すぐに、くすぐったくなると言うことだ。
小学生の頃、自分の鼻の穴に、ティッシュをこよって、入れたりして遊んだでしょ。
自分でやっても、めちゃくちゃくすぐったいよね。

話はそれたが、くすぐったがる子どもは、よくスキンシップがされているし、穏やかな親子関係の中で育っている気がする。
これは、科学的にも解明できるんじゃないかな?

また、くすぐったさが感じられた月齢というのをみていけば、赤ちゃんが自分と他者を分離できた時期と言うこともわかるんじゃないかな。

これらの視点って、親子関係や発達の順序性を抑える上で保育の専門家として大切だと思うんだけど、あまり、”くすぐり”に付いて発表を聞いたこと無いな〜。

まあ、難しい話は置いておいて、近くの人に「こちょこちょ」してみようよ。
 
結構、新鮮でしょ!


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