横浜の夏の恒例行事といえば、「国際花火大会」だろう。
昨年は台風で中止になったが、その風習が廃れることなく今年は51万人が集まったそうな。

横浜での花火は職場や自宅からも見えるためわざわざ現地にまで足を伸ばさないのだが、雑誌などで花火特集などが組まれると なぜかそわそわする自分がいる。

焚き火等の火遊びが好きな僕であるが、花火に関しては実は結構”びびり”である。

小学校の頃、近所に東大出身の何を仕事にしているのかわからない人がいた。木造一間のアパートの1階に住み、平日も自宅で過ごすことの多い怪しい人であった。

しかし、子どもは「正しい人」より「怪しい人」が好きであり。
僕は彼の魔力にはまり、学校帰りにはよくそのアパートに出入りしたものだ。

貧乏そうな彼の家ではあるが、そこには海外のコイン(貨幣)があり、それをひとつひとつ手にとって その国の話をしてくれるのだ。
刺激の少なかった時代に、この話は中途半端なテレビよりも僕の心を鷲づかみにしたのだ。

僕の住んでいる町は3と8の付く日は縁日がある。
そこで買ってもらった花火をやって「面白かった」という話を僕がしていると 彼は「花火をつくろうか!」
「えーーー 作れるの?」

彼は言った「紙と鉄とマグネシウムがあれば、線香花火くらい簡単に出来る」といって、近所の公園に砂鉄などを取りに行って、あっという間に線香花火らしきものを完成させたのだ。
ちょっと太目の不恰好な線香花火だったのを覚えている。
彼は続けて、「混合物を代えると 花火の色が変わるんだ・・」と化学の授業のような難しい話を小学生の僕に話してくれた。

その日は夜が来るのが楽しみで、弟や母親も 僅か一本の花火に期待していた。食事をさっさと済ませ、ろうそくに火を灯す。
家族全員を呼び寄せ、いよいよ花火の開始です。

ろうそくに花火を近づける・・・
なかなか火がつかない。
つかない・・・つかない・・・

ついた〜!!
その瞬間、ゆっくりと静かに瞬くように燃えると思っていた線香花火が
一気に大きな炎を上げて燃えだしたのだ。
びっくりして手を離してしまった僕。

期待して集まったみんなの微妙な空気。
父親が「白く燃えたな〜・・」とわけのわからないコメント。

翌日 東大出身の彼に報告をすると「あっ そう、失敗だった?」
怪しすぎる。

何でも自分で作ったり体験したりするのが好きな僕ではあるが、花火製造だけはお勧めしないのである。


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埼玉で中学生の女の子が父親を殺害する事件が起きました。

新聞を見ると「二人はけんかするわけでもなく、普通の父娘で動機に思い当たるところがない」といった内容が書いてある。

新聞もワイドショーも こうなると原因探しに熱くなります。
交友関係とか、昔の文集引っ張り出したりとか・・・

最近、この手のニュースが多いと思いませんか?
そして、具体的な動機がないと現代の子どもたちは、目に見えない不安を持っておりそのことが事件を起こす子どもたちに影響を及ぼしているのでは・・なんて感じたりしませんか?

僕は単純にこんな風に考えます。
”人間を簡単に殺す人は、生命の大切さを知らない人ではなくて、人間との楽しい想い出が無かった人”

人間という言葉を「父親」とか「動物」また「自然」という言葉に置き換えるとイメージがわきませんか?

先ほどの事件で母親が「勉強しろ!というくらいで喧嘩もありませんでした」とあります。むしろ、この”喧嘩もない”関係に女の子は苦しんでいたんじゃないのかな。


最近の僕の興味は自然環境。
そういう人っていっぱいいます。
口々に「自然を大切に」「後世に自然を残そう」「限りある資源を・・・」


でもね。これじゃだめだと思うんだ。

テレビで自然を破壊する人が紹介されても「ひどいな〜」でおしまいなんだよね。だれも行動に移したりはしないよ。

でも友達や家族と遊んだ楽しい思い出や記憶がある川がなくなると聞くと 違うでしょ。仲間や自然を大切にしようとする想いが湧いてくるものね。


だから、極端に言えば「楽しい思い出が地球も人も救える」のですよ。

だから、今日も僕は地球と人類の平和のために、自然の中で遊ぶのだ。

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保育園にいると「様々な初めて」に出会うことができる。

たとえば・・・
初めて立った。
初めて歩いた。
初めて高いところまで登れた。
初めてピーマンを食べられた・・・

このときの子どもの誇らしげな顔はたまりませんね。
子どもと接する仕事をしていて幸せを感じるときでもあります。

今日もそんな場面がありました。
一時保育を利用するA子ちゃんは三輪車が大好き。
でも、まだひとりでこぐ事はできません。
三輪車にまたがり、両足を地面につけて歩くのがA子ちゃんの三輪車スタイル。
しかし、今日、A子ちゃんは上手に三輪車を乗る2歳児の子どもを じーーーと見つめています。

近づいていく僕などには気づかない様子。
そして、2歳の子どもから目を離しか瞬間、地面についていた足が自然にペダルに足をかけたのだ。

「右の足で、ここ(ペダル)押してごらん」と声をかけると、スーッと三輪車が動きました。

A子ちゃんは驚いた表情のあと、僕のほうを見つめ、誇らしげにニコッと笑うのでした。

僕の気分はまさにアルプスの少女ハイジ!!

覚えていますか?
鉄分のないヤギのお乳ばかり飲んでいたクララは、そのままでは歩くことが出来ませんでした。しかし、ハイジが「クララ 足を一歩前に出してごらん」の一言で、クララは見事に一歩を踏み出すのです。
みんな あの場面を見て涙したでしょ。

この一言は、「〜ちゃんはもう何歳だから・・・」とか「〜くんも出来るのだから・・・」というような声掛けとは違います。

その子の「今まで」を継続してみていた人の「まさに今」の一言だから意味があるし、そこにはドラマがあるんだよな〜。

ちょっと難しい話をするなら、“運動を制御するための言葉”って今後はもっと重要視されるべきだと思う。逆上がりが出来ない子どもに「がんばって」というよりも腰に手を添えて「ひきつけて」という言葉の援助が功を奏したりします。この子どもがイメージし、理解できる言葉をタイミングよく提供するのが腕の見せ所ってわけです。

でも大人って実際の場面だと「がんばって!」とか「もう少し!」程度の言葉しか出ないんだよね。

プロならば、ちゃんとこの辺も勉強していかないとね。


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保育園は昨日年長児にとってこの夏最大のイベントお泊り会でした。

このような宿泊行事があると世の中のニュースから一瞬隔離された状態になった気分を味わえる。
この二日間でのトップニュースは、アップル社のアイフォーンの発売だったようです。

機械物やこの手の流行最先端にはさほど興味もないため自分自身としてはそれほどの大ニュースではないんですが、後世の人から見るときっと大きな意味をもった商品になるのではないのかなという気がします。

何でかというと”タッチパネル”

画面を指で押したり、なぞったりして電子機器が操作できる「タッチパネル」を搭載した製品がどんどん出てきていますよね。

ボタンを使わない操作方式とほとんど取扱説明書いらないというのが、日本人の十八番分野であるし、きっと今年“タッチパネル元年”を迎えようとしているんだとおもいます。

タッチパネルは現在、画面を押す圧力を検出する「抵抗膜方式」が主流だ(うちのカーナビがそうらしい)が、アイフォーンは、指先の静電気を感じ取る「静電容量方式」と呼ばれる新型を用いたそうだ。
よくわからんが 指の微妙な動きや複数の点を同時に感知でき、画面をスクロール(移動)させたり、2本の指を広げて画像を拡大するなどの複雑な操作が可能になったんですと・・・。

福祉の現場にいる社会的な弱者にとっては、正直 今の社会は難しすぎるんだよね。そこから生まれる格差ってなかなか埋められないから、流通する機械はホント シンプル&イージーが理想ですね。

そういう意味でも タッチパネル商品が福祉業界にも波及することを願っているんですよ。

まあ、僕としての仕事のスタンスは これからも

「縁」と「恩」と「義理」と「人情」だけどね。

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少年犯罪や20台の若い人たちの凶悪犯罪が起こると必ず、過去のデータを調べ上げて

〜小学校の授業で「人を守るということの大切さを教えていたのに・・」〜
なんて文面が踊ります。

こういった文章を見たり聞いたりすると 違和感を感じませんか?

僕たちは何かもっともっと本質的なところで勘違いをしているのではないのかな?
“教えれば出来るようになる”という考え方は自分の頭で考えていない人間または、お勉強だけで生きてきた人間の発想です。(この辺は養老さんが「バカの壁」でも書いています。)

まず、“教える”ということが効果的に働くのは相手が“教えてもらいたい時”に限ります。確かに、教えてもらいたい相手に教えた時には教えたことが実になっていくわけで、教えてもらいたくない相手にどんなに一生懸命に教えても うざったいだけ。これは、皆さんも経験がありますよね。

だから、教育の場ではまず“学びたい”、“教えてもらいたい”という気持ちをどのように育てるのかというところから始めないと、全てが無駄になるわけです。
子どもたちから、“先生、もっと教えて!”、“もっと知りたい”という声が出てくるような教育でないと子どもたちの身になっていかないんだよね。

そんな当たり前とは別に、大人たちは“生命の大切さ”を教えたいと思っています。
でも、子どもたちはそんなもの学びたいとは思っていません。大体そういうものは教えることが出来るものではないんじゃないのかな?

これも養老さんが言っていたと思いますが、アフリカのことを全く知らないエスキモーにアフリカの話しをしても理解出来ないのです。
でも、エスキモーをアフリカに連れて行くのは可能です。そうすれば理解が可能になるかも知れません。
自分の中で”気付き”があるって言うことですよね。

だから、子どもたちに“生命の大切さ”を伝えるのなら、子どもたちを“生命が大切にされている世界”に連れて行く必要があるということです。

生命が大切にされていない世界に住んでいる子どもにはどんなに詳しく生命の大切さを説明されても理解不可能なんです。現代社会は生命が大切にされている世界だと思いますか。

だから、僕は「やさしい保育」

をしたいんです。

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ブログに反応があると面白い。
こちらから発信しなければ、こんな会話をその人とすることなどなかったわけだものね。

マゴットセラピーの賞味期限の話の続き。

不二家から始まったと思われる賞味期限問題。
コンプライアンスなどという企業の守らねばならないルールは当然あるべきだし、守ろうとする風土を作るもの大事。

それに関しては特に意見は無いのだけれど・・

言いたいのは 一日賞味期限を過ぎた食べ物をどのように見るかという感覚。
みんな自宅では「一日くらい・・・」と思ってるのではないですか?
それなのに新聞・マスコミは企業の非難ばかり。

こんなときにこそ「賞味期限の切れた食べ物って どうしてるの?」ってことも同じように大問題にしなきゃ。

ニュース番組の同じ枠で、賞味期限問題とアフリカの飢餓の話なんかを平気で話しているキャスターも感度が鈍いとしか思えないよ。

このような問題をつなげて考える(正解なんて無いから考えるだけだけど)癖をつけると、食べ物を残すとか、きれいに食べないなんて課題も徐々に良くなっていくんじゃないのかな?

すべて繋がっているという発想が大切ですね。

こんな批評家めいた文章を書くのも 宝塚記念をはずしたことと繋がっているのかもしれない。

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6月もそろそろ終わりに近づいてきた。
7月の園便りに書ききれなかったことを少々・・・

子どもは「水」と「泥」と「虫」が好きである。
今日のように雨の降っていない日は「園長先生〜 きょうはプール?」
という質問が必ず飛んでくる。
「きょうは ドロンコパンツはいて遊ぶ!」と応える園長。

水不足の心配の無い保育園での日常風景。

考えてみれば世界は水戦争の真っ只中。
ヨルダン川でもナイル川でもガンジス川でも 国際河川では水の覇権をめぐって抗争している訳である。

また、世界60億人のうち約2割の人は安全な水が飲めず
水不足や水質汚染での死者は400万人以上だという。

日本は四方を海に囲まれているからなんていっていても
食べ物のほとんどは輸入。ということは野菜を輸入したのなら
いいかえれば野菜に形を変えた水を輸入しているといったイメージが今後は大切になるのではなかろうか?

北京なんてもともと雨が降らない地域でしょ。
地下水どんどん掘っていって大丈夫?

人間は一日一人当たり50リットルの生活用水が必要だそうだ。
あまりぴんと来ないが それすらもかなわない国が38カ国あって
日本人は その10倍の322リットルを使っているという。

何とかせねば・・・
頭ではわかってきた

しかし、水遊びをしているときの子どもたちの解放されたような喜びの時間は絶対必要としか思えない。

水遊びで水の大切さを伝えるプログラムでも考えるとするか!!





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休日は 本当にあっという間に過ぎていく。
さてさて、今週もがんばろう。

頼まれていた コミュニケーションの原稿に取り掛かる。

「コミュニケーションによって 相手を変えようとしてはいけない。
変えるものは 相手とのコミュニケーションのあり方。
そう、変えるべきは自分のコミュニケーション」

人はどうしてもコミュニケーションによって相手に自分の想いをわかってもらおうとする。相手にそれが伝わらないと いらいらしたり、相手が納得するまで 説得などしてしまう。
コミュニケーションという名の勝負

 ここいらの話は、僕と付き合っている人なら耳にたこが出来るくらい聞かされているのかもしれないが、今日は自分自身が 上の言葉に引っかかる。

変えるべきは自分”というフレーズ。


ここ何年か 完全なる運動不足である。
朝から晩まで働いているし、運動する時間など無いということを免罪符にして はっきり言って何もやっていない。

息子二人にも体力的に負けてきているのが良くわかる。
しかし、自分の中には20年以上前の 動けていた自分の幻想。

しかし、それを口にすると当然みんな冷ややかな目・・・

そうだ! この僕の過去の栄光をわからないやつらを責めてはいけない。
変えるべきは 自分自身。

運動しよう!

決めた!

ブログだって三日坊主にはならなかったではないか。
明確な目標があれば 努力できるのが 自分の良いところ。

でも、問題は 何をやるかなんだよね。

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僕としては”おもちゃ”とは認められないが

昨日19日から22日まで、東京ビッグサイトで開催されている国内最大の玩具見本市「東京おもちゃショー2008」に“ウンウン”とうなずく不思議な葉っぱ「ペコッぱ」が登場しました。

会話の相手が無反応なときに感じる不安感を解消する癒しグッズという触れ込み。
全国の玩具店や雑貨店で9月30日に発売されるらしい。



 岡山県立大学、渡辺富夫教授が提唱する「心が通う身体的コミュニケーションシステム=通称 うなずき理論」をもとに、インタロボットと共同開発した制御システム「KYプログラム」搭載しているという。

一般的には「KY=空気読めない」の意味だが、KYプログラムのKYは「空気読める」の略であるところが面白い。

実際にペコッぱの動きを映像で見てみると、単に音に反応しているのではないことが分かる。

例えば、単に会話が聞こえるだけといったレベルでは風にそよぐ葉っぱのようにうなずいているが、人が長く話したりときには、数テンポおいてから大きくうなずく。

長く話したことによって、おそらくその人が主張したい部分であると判断したのか。
すぐにうなずくのではなく、タメを作るあたりが感心してしまう。

ペコッぱは、その機能から、どうしても一人だけの寂しい状況で“話相手”になることを連想していたが、映像を見ると印象は正直変わってきますね。

人間がKY(空気を読めない)発言をしても、ペコッぱはいつも通りにうなずいてくれる。

人が言葉を交わす際、うなずきや身ぶり手ぶりなどで互いに引き込む“エントレインメント”と呼ばれる動作に着目したことに興味をそそられる。

職員を育成するときに、このノンバーバルなコミュニケーションの必要性を伝えるのが実に難しいからついついこの手のネタには反応してしまう。

さてさて、よりよいコミュニケーションの道具として はたして「ぺこっぱ」は流行るのか?

僕としてはは、“エントレインメント”を伝えるためだけに このおもちゃと付き合いたいなんて思っている。

9月末にこの発言が変化しているのでしょうか?

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6月10日は「時の記念日」
民放系BS5局で それぞれ一回だけ流されたセイコーウオッチのCM

      1秒という「時」

「はじめまして」 この一秒ほどの短い言葉に 一生のときめきを感じることがある
「ありがとう」 この一秒ほどの短い言葉に 人の優しさを知ることがある
「がんばって」 この一秒ほどの短い言葉で 勇気がよみがえってくることがある
「おめでとう」 この一秒ほどの短い言葉で しあわせにあふれることがある
「ごめんなさい」 この一秒ほどの短い言葉に 人の弱さを見ることがある
「さようなら」 この一秒ほどの短い言葉が 一生の別れになる時がある
一秒に喜び 一秒に泣く 一生懸命 一秒 一生懸命 コミュニケーション

私がまだ20歳?だった23年前に見た映像がはっきりと記憶に残っています。校舎を背景に詩が流れる 本当に美しいCMでした。
 
作詞をしたのは 絵本作家でもある小泉吉宏さんと聞いて二度びっくり。

みんなにふれ回り、絶対見逃すものかと思っていたのに・・・
1秒という時間は あまりにも早すぎた!

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